第五章『珍道中』

(1)


「ふ~ん。それで二人で『鬼ヶ島』に向かうのかい」

「そうなのだ。父上がいれば安心なのだが、肝心の安否が分からないのだ」

「そいつぁ、心配だねぇ~」

「生きていれば状況を報告して来そうなものなのだが、父上からの文より先に、陰陽寮からの文が来て分かったのだ。それまでにないこと故、じっとしていることも出来ずに、こうして旅に出たのだ」

「ふ~ん。でもさ、そんな危ない場所に二人だけで行って、どうにかなるのかい? もっと味方とか連れて行かないと駄目なんじゃないのかい?」

「その点で言えば、陰陽寮の皆さんとも連絡を取って、準備を進めているらしいのだ。

 それに、屋敷にいる父上の『式神』を全て連れて来るわけにも行かなかった。屋敷を空にして、万が一、屋敷を狙われでもすれば、母上達が大変なことになる。

 だからこそ今回私達だけで、集合場所に向かうことにしたのだ……が」

「そうかいそうかい。桃狩は偉いねぇ。あたしは感心しっ放しだよ。人の身でありながら、そんな恐ろしいことに立ち向かうなんて、ほんと、食べちゃいたいくらいに可愛い!」

「うわぁあ。猿我殿、そのようなことをしては、背中に――」

「えええええい! いい加減にせんか! 猿我! 主と同じ馬に乗る奴があるか!」

「うわっ」


 堪忍袋の緒が切れたとばかりに、珍しく――もなくなった戌斬の雷が、桃狩に抱きついた猿我に落とされた――だけでなく、実際腕を掴んで馬から引きずり落とされる。


 このままでは一緒に桃狩まで落ちてしまうと思ったのか違うのか、定かではないが、咄嗟に桃狩に絡ませた手を放したおかげで、落馬したのは猿我だけ。


「いったぁああ。何すんだい、戌斬!」

「何をするのだと言いたいのはこちらだ、猿我! ヒトが大目に見ていればどこまでも!

 貴様も女として生まれたのなら、もっと慎み深さを覚えたらどうだ!」


 打ち付けた腰を擦りつつ抗議の声を上げる猿我に、青筋さえ立てて言い返す。

 だが、叱られたところでめげる猿我ではない。

 むしろ、「ふふん」と鼻を鳴らすと、右手で髪を掻き揚げ、左腕を胸の下に持って来て持ち上げると、挑発するような視線を戌斬に向け、


「男の焼きもちはみっともないよ、い・ぬ・き」

「誰がだ!!」


 突っ込みは速かった。

 思わず桃狩は、小さく吹き出す。


 昨日、半強制的に猿我によって、猿我達の隠れ家で一夜を明かすことになった桃狩と戌斬。

 何故かは知らないが、いたく猿我は桃狩のことが気に入ったようで、胸を押し付けるように腕を絡ませたまま、一向に桃狩を放しはしなかった。

 そんなことを女人にされたことのなかった桃狩は、真っ赤になって焦ったものだが、それすらも猿我の心を掴んでしまい、からかい続けられた。


 当然、それを黙って見過ごす戌斬ではなく、昨夜も散々二人は衝突し、ぐったりしている桃狩を、他の山賊達が同情めいた目で見て介抱してくれた。

 食事や酒も振舞われ、夜も更けたことだし、さっさと寝ようと猿我が言い出し、そうしようと言う流れに乗って、寝所へ連れ込まれかけた桃狩を、戌斬を初め、山賊達がほぼ全員で阻止し、何とか無事に一夜を過ごしたかと思いきや、爆弾発言は翌日――つまり、その日の朝に落とされた。


『あたしもあんたに付いて行くことにしたよ』

『――……はああああっ?』


 晴れ晴れとした笑みを浮かべて発せられた宣言に、一呼吸置いて、ほぼ全員の驚愕の声が、早朝の森の中へと木霊した。

 驚いた小動物や鳥達が飛び立ち、朝露が雨となって降り注ぐ。


『一体何を考えているんすか、お嬢!』と、焦りに焦りまくったのは、山賊の仲間達。

 だが、猿我は聞く耳を持っていなかった。どころか、頬をほんのり桃色に染めながら、右手を頬に添えて、くねくねと躰を動かしながらこう言った。


『だって、あたしはこの子に一目惚れしちゃったんだもん。愛する男が危険な旅をするなら、付いて行かなきゃ女が廃るじゃないか』――と。

『――馬鹿か、貴様は』と言ったのは当然のことながら戌斬で。

『山賊業はどうするんですか?』と泣き付いたのは、山賊達。


 対する猿我の返答は――


『恋に落ちた女はね、惚れた男のために馬鹿になるものさ。

 それに、山賊業だけだったら、あんた達でも充分続けられるだろ?

 何、そんなに長くは掛からないさ。命あってのモノダネだし。本当に危ないと思ったら、さっさと逃げ帰って来るつもりだし』――ここで戌斬が「ふん」と鼻を鳴らした。

『だから、あんた達は、今までどおり山賊業をやっていればいいさ』――と堂々と犯罪宣言を聞いて、桃狩は複雑な気分になり、

『でも、あんまり派手に動き回って、こいつらみたいなの捕まえてもアレだし、術者呼ばれても何だしねぇ、別に無理して山賊やらなくても構わないよ。のんびり畑耕してればいいさ。でも、続けているつもりなら、約束どおり、女子供は襲うんじゃないよ。あんたらだって子供じゃないんだから、あたしが少し留守にするぐらいどうってことないだろ?

 それとも何かい? あたしにこの恋、諦めろって言うのかい?』


 などと凄まれたなら、むしろ山賊達の方が揃って諦めのため息を吐いた。

 結果、猿我は半ば強制的に桃狩と戌斬にくっ付いて来ることになり、その道中、猿我はまぁ、桃狩に絡んだ。

 人目を避けるために深い編み笠を被っている戌斬に倣い、とりあえず編み笠を被ってはいるが、腕も胸も脚も露になったまま。

 真面目な戌斬とは正反対の猿我の行動や言動に、たった半日で随分と桃狩は驚き、戸惑い、戌斬は冷静さとすまし顔をどこかへ落として来たような状態だった。

 そして今――


「良くないけど、いいんだよ。あたしがあんたに構ってやらないのが寂しいんだろ?

 あんたもあたしに絡まれたいんだろ? 

でも残念。あたしは年下に見える男でも、あたしより強い奴に興味はないんだ。でも、たまになら絡んでやってもいいんだよ」


 と、ふてぶてしく言い放ち、落馬させられた猿我が立ち上がらせろと言わんばかりに手を差し出せば、


「寝言は寝てから言え!」


 ぴしゃりと手を叩かれて怒鳴られた。

「おー、痛」と手を振りつつも、それほど気分を害した様子もなく、猿我は更なる爆弾発言をする。


「なんだいなんだい。それじゃあ何かい? あんたは桃狩に焼きもちを焼いているんじゃなく、自分が出来ないことを桃狩にしているあたしに焼きもち妬いてるのかい。

 でもねぇ、それはちょっと男として生まれている以上どうかと思うけどねぇ~」

「――だ・れ・が・だ!」

「痛っ!」


 容赦なく、笠の上から拳骨を落とされ、頭を押さえて悲鳴を上げる猿我。


「桃狩! いいのかい? あんたの従者、女の頭に手を上げたよ!」


 笠を上げながら抗議されたなら、桃狩は苦笑を浮かべながら答えた。


「だが、今のはどちらかと言えば猿我殿の方に非があると思う」

「えー」

「誰でも、真面目にやっていることで、からかわれたくないと思っていることはあると思う。猿我殿にもそう言うことに心当たりはないか?」

「あー、まぁ」

「それに私も、どちらかと言えば女人には不馴れなもの故、出来ればもう少し露出や密着を謹んでもらえるとありがたい」

「え~っ、それで見られるあんたの反応が可愛くていいのにぃ~」


 と、特大の不満が返って来れば、桃狩も笠を上げて、猿我の顔を真っ直ぐ見ながら苦笑を浮かべて返した。


「だが、せっかく好きになりかけているというのに、苦手意識だけが先に立ってしまい、嫌いにならないとも限らない。せっかくこうして猿我殿が好意を寄せてくれていると言うのに、苦手意識のせいで嫌いにはなりたくないのだ。

 猿我殿にして見れば、たまたま私のことを気に入ってくれただけかも知れぬし、いつ興味がなくなるとも限らない以上、こんなことを言うのはおこがましいかもしれぬが、猿我殿の想いに応えるための時を下さらんか?」

「え?」

「猿我殿にしてみれば、じれったく感じるかもしれぬが、どうかそのこと、考えてみては下さらんか?」

「や、あの、そんな顔で、そんなこと言われると、あれ? なんだろ? なんか……うん。解った」

「ありがとう」


 と、満面の笑顔で謝辞を述べれば、猿我はほんのり頬を染めながら、戸惑いつつも自ら普通に立ち上がった。

 それを見ていた戌斬が、


(桃狩様、巧い――)


 と、感心していたことは、二人には知る由もなかった。


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