おまじないノートの御利益

 今日は待ちに待った作戦決行の日。

 僕とマヨちゃんと十勝君の三人は教室で輪を描くように集まって、そしてそれぞれの手には裏返しにされたプリントが握られていた。


「それで、お前達はちゃんと出来たのか?」

「十勝君こそ、つまらない間違いしなかった?」

「それは……見てのお楽しみだよ」


 そう言った十勝君だったけど。でもね、顔がニヤついちゃってて、これは聞かなくても結果が分かるよ。


「それじゃあ、三人いっぺんに見せ合おうか」

「「了解」」


 僕らは伏せていたプリントを前に出して、「せーの!」で一斉に裏返す。


 返されたプリントに書かれていたのは、算数の問題。

 そして用紙の右上には、赤ペンで大きく100の数字が書かれていた。しかも、三人とも。


「なんだ、お前らもちゃんと出来てたんだな」

「当たり前だよ。絶対100点とるって、照恵さんと約束したんだもの。けど、本当にとれるとは思わなかったよ」

「十勝君も大丈夫だったんだ。そうだよね、あんなに頑張ったんだもの」


 僕らがノートに書いた願い事。それは今日行われた算数のテストで、100点をとりたいと言うものだった。

 ノートにお願いをした三人が三人とも100点を取ったらご利益があるってアピールできるもんね。


 おまじないノートの話を聞いたのが一昨日。それから僕達は……特に十勝君は暇さえあれば、勉強をしていたっけ。

 だけどその甲斐あって、一番心配だったのにちゃんと100点をとってくれたんだ。最初はたまに九九だって間違えていたのに、凄いよ。


「どうだ、俺だってやる時はやるんだよ。まあ光太は楽勝だっただろうけどな」

「そんなことないよ。僕だってテストが返ってくるまで、ずっと心配だったんだから」


 算数は苦手じゃないけど、それでもたった一回のミスも許されないんだもん。やっぱり緊張しちゃったよ。

 しかも僕は三人で勉強している間は、マヨちゃんや十勝君に教える先生役でもあったから。なのにもしできなかったらどうしよって思って、そのプレッシャーは相当なものだったのだ。


 それでも一問も間違えることが無かったのは、ノートのご利益があったのかもしれない。

 そうして三人で喜び合っていると、近くにいた男子、遠野君が不思議そうにこっちを見てくる。


「やけに嬉しそうだけど、そんなに点数が良かったのか?」

「お、遠野か。へへ、これを見てみろ!」

「お、100点か。光太は相変わらず算数得意だなあ」

「バカ野郎! よーく名前を見てみろ!」

「へ? って、これ陽介の答案!?」


 叫んだ事で皆から注目を浴びて。そして十勝君の答案を見た誰もが、信じられないといった表情になる。


「十勝君、ついにカンニングしたの?」

「するか!」

「光太、お前がこっそり答えを教えていたとか?」

「違うよ。十勝君の実力だって」


 本当に100点を取ったのだと、必死になって訴えたけど、皆一様に首をかしげている。きっとそれだけ信じられなかったんだろうね。


「一体なんだって急に、成績がよくなったんだ?」

「陽介だけでなく、一ノ瀬まで100点なんだろ。お前ら一緒になって猛勉強でもしたのか?」


 もちろんしたよ。それはもう、くたくたになるくらいに。

 だけどその事は今は伏せて、十勝君が言い放つ。


「実はよ、俺達みんな、願い事か叶うって言うおまじないノートってのを試してみたんだ」

「おまじないノート? 何それ」

「叶えたい願い事を書けば、その願いが叶うって言うノートがあるんだよ」


 十勝君に代わってマヨちゃんが説明して、それから集まっていた中にいた、加藤さんの方に目を向ける。


「美春ちゃんがこの前教えてくれたノートあったじゃない。あれって調べてみたら呪いなんかじゃなくて、願い事を叶えるとっても良いノートだったんだよ」

「えっ? そ、そうだったの?」

「うん。だからボク達が100点とれたのも、元は全部美春ちゃんのお陰なんだよ。ありがとう、教えてくれて」


 そこにあるのは満面の笑み。すると様子を見ていた子達が、ざわざわと騒ぎ出す。


「そんな都合の良いノート、本当にあるのか?」

「信じられない。あ、でも十勝君まで100点とれたんだよね。だったら本物なのかなあ?」


 また半信半疑といった様子だけど、やっぱり十勝君が結果を出せていたのは大きくて。みんな興味は持っているみたい。

 おっと、そういえばまだ、大事なことを言っていなかったや。


「それと聞いた話だと、誰かに怪我をさせてほしいとか不幸にさせたいとか、そう言う悪いお願いは叶わないんだって。だからノートに書くなら、良いお願いだけにしないとダメなんだ」


 ちゃんとこれも伝えておかなくちゃね。

 これで怨み言や、誰かを呪ってほしいなんて願いが書かれなくなったら良いけど……。


「けどよう、そんな話は初めて聞いたぞ。光太、いったい誰から聞いたんだ?」

「え? ええと、それは……」


 マズい、そこまでは考えていなかった。どうしよう、幽霊の照恵さんの事を話すわけにもいかないし。

 だけど困っていたら、十勝君が助け舟を出してくれた。


「それがよ、この前ノートに詳しい、高校生のねーちゃんに会って教えてもらったんだよ。だろ、光太」

「う、うん。そうなんだよ」


 嘘は言っていない。その高校生のお姉さんが幽霊だって事はナイショにしてるけど、会って教えてもらったのは本当だもんね。


「へえー、そんなノートがあるんだ。私もやってみようかな?」

「それって、勉強以外にも、ご利益あるの? 詳しく教えてくれない」


 おまじないが好きな女子を中心に、一気に話が盛り上がっていって。後は十勝君と僕とで、話を進めていく。


「いいか、よく聞けよ。ノートが置いてある場所はだな……」

「雨の日にならないと、ノートは現れないんだって。このノート、実は昔、近くの学校に通う高校生のお姉さんがね……」


 皆興味津々と言った様子で耳を傾けてくれて。

 そんな中マヨちゃんはと言うと、輪から少し離れた所で、加藤さんと何やら喋っている。何を話しているのかは分からないけど、加藤さんがうっすら笑っているのが見えて。


 この前の騒動の後、肩身の狭い思いをしていた加藤さんだったけど。このまま呪いのノートの噂がおまじないノートの噂に変わっていったら、風当たりも無くなっていくかもしれない。

 うん、きっと大丈夫だよね!

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