怪異相談員、チョコ。

 加藤さんが言っていた呪いの話で頭が一杯で、午後の授業は全然集中できなかった。

 けどようやく放課後になって、僕達はチョコに相談してみようと、体育館裏を訪れる。


「ムシャムシャ。マヨちゃん、この煮干し美味しいニャ」

「良かった、気に入ってもらえて。まだまだあるからね」

「いただきますニャ」


 マヨちゃんの持ってきた煮干しに、舌鼓をうっているチョコ。

 ガジガジと煮干しをかじる姿は可愛くて、マヨちゃんはその様子を楽しそうに見ているけど、呪いの事忘れていないよね?


「おい、餌なんてやってないで、さっさと聞いた方がよくないか?」

「でも、チョコの機嫌を損ねるわけにもいかないし、もう少し待ってあげよう」

「まったく、この食い意地のはった猫め。太っても知らねーぞ」


 十勝君、チョコも一応女の子なんだから、太るとか言わない方がいいよ。

 幸いチョコは食べるのに夢中で、聞こえていなかったみたいだけど。


 そうしてしばらく待って、ようやく煮干しを食べ終えてくれて、これでやっと本題に入れる。


「チョコ、実は僕たち、困った事があって。よかったら知恵を貸してくれないかな?」

「困った事? 煮干しもたくさんもらった事だし、力を貸すのもやぶさかではないニャ」


 膨らんだお腹をポンポンとさすりながら、胸を張るチョコ。

 僕はさっそく昨日からの一連の騒動の事を話して、チョコは黙ってそれを聞いてくれた。


「……と言うわけで、マヨちゃんが呪いに掛かってるかもしれないんだけど、僕達じゃ確かめられなくて」

「なるほどニャ。それにしても呪い……見たところ、変わった様子は無いんだけどニャ」


 チョコはマヨちゃんの周りをちょこまかと動いたり、たまに体をすり寄せたりしているけど、本当に調べられてるのかなあ?

 傍から見れば、ただじゃれているようにしか見えないや。


「アハハ。チョコ、くすぐったいよ」

「ちょっとだけ我慢するニャ。う~ん、これは……わかったニャ」


 チョコはマヨちゃんから離れて、ちょこんとお座り。そして。


「マヨちゃんは呪いになんてかかってないニャ!」

「「本当⁉」」


 僕とマヨちゃんの声が重なった。

 良かった、呪われてなんかいなかったんだ。

 一方チョコの声が聞こえない十勝君は、頭にハテナを浮かべちゃってる。


「おい、コイツいったい何て言ったんだよ?」

「ボクは呪いにかかって無いんだって。良かったー」

「本当かよ。待てよ、という事は真夜子が木から落ちたのは、単にドジったって事か?」

「もう、ドジって言わないでよー」


 そう言いつつも、安心した様子のマヨちゃん。

 あ、でもちょっと待って。念のため、確認したいことがある。


「ねえチョコ。本当に大丈夫なの? 何か変なモノは感じない?」

「くどいニャ。だいたい本当に何かおかしなモノが憑いているのなら、コウ君もマヨちゃんも少しの違和感はあるはずニャ」

「でも、ボクもマヨちゃんも呪いのことはよくわからないし、それに……」

「何だよ光太。何か気になる事でもあるのか?」


 煮え切らない態度の僕を見て、十勝君が尋ねてくる。うーん、気になることって言うか……。


「実はね。加藤さんや、一緒に呪いを掛けたって子達から話を聞いたんだけど、ちょっと妙なことがあって」

「お前、いつの間にそんな事してたんだよ?」

「あの騒ぎの後すぐだよ。やっぱり詳しく調べておいた方が良いと思って。ごめん、黙ってて」

「まあいいけどさ。で、何があったんだ?」


 十勝君、それにマヨちゃんもチョコも、耳を傾けてくる。

 けどそれを話すには、まず加藤さんが言っていた呪いが、どういうものなのかを説明した方がいいかな。


 町外れの交差点にあると言うお地蔵様が関係していると言う話は、マヨちゃんや十勝君も聞いているけど、その詳細までは知らないだろうから。


「二丁目にある交差点は知ってるよね。車の通りが多くて、先生から何度か注意があった交差点なんだけど」

「ああ、あそこか。そういや前はよく事故が起きてたけど、地蔵を置いてから減ったって話を聞いたことあるな」

「へえー、そんな所があるんだ」


 十勝君は知っていたけど、少し前に引っ越してきたマヨちゃんは知らなかったみたい。


「まず呪いをかけるには、雨の日でなければならないんだって。何でも雨の日になると、その交差点にあるお地蔵様、十勝君の言っていたお地蔵様の前に、一冊のノートが置かれるらしいんだよ」

「ノート? それって、ボクたちが普段使っているようなやつ? それとも、名前を書かれた人が死んじゃうって言うデス……」

「たぶん、普通のノートだよ。少なくとも見た目はね」


 話によるとそのノートに呪いたい相手の名前と、どんな目に遭わせてやりたいかを書けば、呪いが成立するみたい。

 例えば、誰々に怪我をさせてやりたいとか、病気にかかればいいとかね。


「ノートに書くだけで呪えるなんて、ずいぶんお手軽なんだな。それで結局、そのノートは何なんだ?」

「噂では、昔その交差点で事故に遭って死んだ高校生の幽霊が置いた物らしいよ。何でもすごく意地悪な人だったみたいで、生前は嫌いな人が酷い目に遭えば良いって思いながら、恨み言をノートに書き綴っていたんだって」

「ええーっ、趣味の悪い人もいたんだねえ。あ、でもわかった。それで死んじゃった後、そのノートに不思議な力が宿ったってことだね」


 流石マヨちゃん。すぐにわかってくれた。

 僕はコクンと頷いて、話を続ける。


「例のお地蔵さんも、その高校生の事故が起きた後に置かれたみたい。ノートが置かれるのが雨の日限定なのは、雨の日に事故があったからとか何とか」


 あくまで噂だから、本当かどうかは分からないけど。

 こんな噂話だけなら、僕もそんなに気には止めないけど、問題なのはこれから。


「昨日丁度、雨が降ってたでしょ。加藤さん達、マヨちゃんとケンカした後で噂の事を思い出して、交差点に行ったんだって。そしたらお地蔵さんの所に、本当にあったんだってさ、例のノートが」

「マジかよ?」


 加藤さん本人から聞いたんだから、間違いないよ。

 加藤さん、話しにくそうにしてたけど、黙っておくのも心苦しかったのかな。意外とすんなり教えてくれた。


 ただ、話をしてくれた時の表情は暗くて、見てるこっちが苦しくなりそうだったけど。


「加藤さん達もビックリしたみたい。半信半疑だったのに、本当にノートがあるんだもの。それでノートにマヨちゃんの名前と……『酷い目に遭わせて』って書いたって言ってた」


 この事を話すのは少し躊躇ったけど、ちゃんと説明しないと進められない。

 マヨちゃんに話すことは、ちゃんと加藤さん達にも許可はとっている。全部を話して謝りたいって、加藤さんも言ってたんだ。


「マヨちゃんお願い、加藤さんを怒らないであげて。本当に反省してるみたいだったから」

「分かってるよ。大丈夫、本当は呪いになんて掛かって無いんだし、怒ったりなんてしないよ。けどノートは本当にあって、ボクの名前を書いたんだよね。だったら何で無事なんだろう?」


 うん、僕もそれが気になってるんだ。

 呪われていないのならそれでいいんだけど、どうも釈然としないよ。


「加藤のやつ、名前を書き間違えたんじゃないのか? でなきゃ書いた内容がアバウトだったから、上手く呪えなかったとか」


 そう言えば加藤さんが書いたのって、『酷い目に遭わせて』、だったっけ。確かにあんまり具体的じゃないけど、どうなんだろう?

 分からなくて首を傾げていると、チョコがすっと顔を上げる。


「そんなに気になるんだったら、そのノートの実物を見てみるといいニャ。そうしたら、何かわかるかもしれないニャ」

「大丈夫かなあ、そんなノートを見て。今度こそ呪われたりしない?」

「ノートを見た人が呪われるなんて話が無いなら、多分大丈夫ニャ。念のためアタシも一緒について行くニャ。それなら安心できるニャ」


 ピンと胸を張るチョコ。安心できるかどうかはともかく、確かに僕達だけで行くよりは心強いかな。


 マヨちゃんは乗り気な様子で、十勝君にもチョコの言ったことを伝えたところ、こちらも二つ返事で了承してくれた。


「へへ、呪いのノートか。面白そうじゃねーか。どうする、今から行くか?」

「ダメだよ、今日は晴れてるもの。ノートは雨が降らないと、現れないって話だからね」

「何だよ、つまんねーな。あーあ、早く雨降らねーかな」


 昨日までは晴れる事を願っていたのに、切り替えが早いなあ。

 確か天気予報では、明日からまた雨が続くって言ってた気がする。


「そうだニャ。そう言えば雨が降ってなかったら、ノートは現れないんだったニャ。アタシ雨の中を歩くの嫌いなんだニャ。う~ん、行くの止めようかニャ?」

「そんなこと言わないでよー。ついて来てくれたら、また煮干しをあげるから」

「本当ニャ? そこまで言うのなら仕方が無いニャ。マヨちゃん達はアタシが守ってあげるから、大船に乗ったつもりでいるニャ」


 チョコってば、よっぽど煮干しが気に入ったんだね。

 けどこれでチョコも仲間に加わってくれて、後は明日、雨が降るのを祈るばかり。

 お天気じゃなくて雨が降ってほしいだなんて、やっぱりちょっと変な気がするけどね。

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