お地蔵と幽霊

 呪いの話を聞いてから一夜明けて。今日は天気予報通り、朝から雨が降っている。

 普段の十勝君なら外で遊べないって言うところだけど、今日に限っては上機嫌だった。だってようやく、呪いの真相が確かめられるんだもの。


 もうすぐ算数のテストがあるって言うのに、授業を受けても上の空。

 放課後になってチョコを加えた僕らは傘をさしながら、いよいよ目的の交差点へと向かうことにした。


 ちなみに濡れるのが嫌いなチョコは、器用にマヨちゃんのレインコートの中に入ってて、襟から頭だけを出している。


「大丈夫チョコ。雨、当たってない?」

「平気ニャ。それにレインコートの中って暖かくて、案外快適なのニャ」

「あはは、ボクも暖かくて気持ちいいや」


 今から呪いの真相を確かめに行くっていうのに、二人からはちっとも緊張を感じられないや。


「そう言えばマヨちゃん、あれからおかしなことは起きてない? ケガをしたり、熱が出たり」

「うん、全然平気。やっぱり呪いなんて無かったんだよ。でも、大変なのはボクよりも……」

「ああ……」


 何を言いたいのか、察しがついた。

 マヨちゃんが気にしているのは、呪いをかけてしまった加藤さん達の事だろう。


 実はあんな風に騒ぎになっちゃったせいで、加藤さんがマヨちゃんに呪いを掛けたって話は、クラス中に広まっちゃったんだ。そしてその結果……。


「加藤のやつ、すっかり悪者にされてるよな。真夜子がいいって言ってるんだから、皆ほっときゃいいのに」


 まあ、そんな感じ。

 マヨちゃんが許しているから、面と向かって悪く言う人はいないんだけど、皆まるで腫れ物に触るような態度だったり、遠巻きに様子を見てはヒソヒソと何かを話していたり。

 十勝君も最初は怒ってたけど、そんな様子を見ているうちに、すっかり怒りが引っ込んじゃってる。


「美春ちゃん、元気無かったなあ。心配だよ」

「一度は自分を呪った相手の心配をするだなんて、マヨちゃんは優しいのニャ。でも心配無いニャ。人の噂も七十五日って言うニャ」

「二カ月半もあるじゃない。夏休みが終わるまで噂されるだなんて、やっぱりかわいそうじゃない」

「そうは言われても、こればかりはアタシも力を貸せないニャ。何とかしたかったら、自分達で知恵を絞るニャ」


 チョコの態度はつれなかったけど、確かにこれは僕達で何とかしなくちゃいけない。


 そんな話をしているうちに到着した、目的の交差点。

 横断歩道の向こうには屋根のついた小さな祠があって、その中には鎮座しているお地蔵様の姿が見える。

 そしてその傍らには、まるでお供え物みたいに、一冊のノートが置かれていた。


「おい、本当にノートが置いてあるぞ。よし、早速調べてみるか」


 曰く付きのノートだって言うのに、躊躇いなく近づいて行く十勝君。

 それはいいんだけど……僕には一つ、どうしても気になる事があるんだよねえ。


「ねえマヨちゃん。あの人のお地蔵様の祠の隣……」

「やっぱり、コウ君も見えるよね?」


 ひそひそと話しながら僕らが目を向けたのは、お地蔵さんのすぐ横。

 そこにはセーラー服を着た髪の長い、高校生くらいのお姉さんが、傘もささずに俯いて立っていた。


 あの制服はたしか、近くの高校のものだったかな?

 そんな人がここにいること自体は不思議でも何でも無いんだけど、こんなに雨が降っているのに、傘もさしていないのは不自然。


 そしてもっとおかしいのは、お姉さんの体が透けていることだよ。

 まるで中途半端な透明人間みたいに、お姉さんの向こう側の景色がうっすらと見える。

 もちろん生きた人間なら、こうはならない。と言うことはつまり……。


「あの人ってさあ」

「たぶん、幽霊だよね」


 やっぱり、そうだよね。呪われてるかどうかは分からなくても、幽霊はわかるもの。

 たまに生きてる人と見分けがつかないくらいはっきり見える幽霊もいるけど、今回は体が透けているから分かりやすい。


 するとチョコも、幽霊のお姉さんをじっと見つめる。


「呪いの噂がある場所に幽霊ニャンて、無関係とは思えないニャ」


 やっぱりそうだよね。

 どうしよう、声をかけた方がいいのかなあ? けどもし危険な幽霊なら、近づかない方がいいかもしれないし。

 

 そんなことを考えていると、ノートを手にした十勝君が不満げな顔で戻ってきた。


「何だよお前ら、人にばっかりノートを取りに行かせて、自分達はお喋りかよ?」

「ごめん。実はちょっと……」

「実はあそこに、幽霊のお姉さんがいるんだよ」

「は? おい、どう言うことだよ? 分かるように言えって」


 そう言われても……。

 一応幽霊のいる場所を教えて、十勝君は目を細めて凝視したけど、やっぱりわからないみたい。


「うーん、俺には見えないなあ。で、その幽霊が一体なんだって言うんだよ? 呪いと関係あるのか?」


 それは、分からないけど。

 するとマヨちゃんのレインコートの中のチョコが、ヒョコっと顔を上げた。


「仕方ない、いつまでもこうしていても仕方が無いニャ。ここはひとつ、アタシに任せるニャ」

「えっ? ちょっとチョコ……」


 マヨちゃんが止めた時には、チョコはレインコートの中からするりと抜け出して、嫌がっていた雨も何のそのと言った様子で、お姉さんへと近づいて行った。そして……


「やあやあお姉さん。君はどうしてこんなところにいるのかニャ?」

「……え?」


 キョトンとした様子で、チョコを見つめるお姉さん。

 何の躊躇もなく話しかけちゃったけど、大丈夫かなあ。


「もし良かったら、話を聞かせてほしいニャ。実はアタシ達、調べていることがあるんだけど……って、お姉さん聞いてるニャ?」


 固まっちゃってるお姉さんを前に、話をストップさせるチョコ。

 お姉さんはまじまじとチョコを見つめていたけど、やがてハッとしたように目の色が変わって。そして……。


「ね、ね、ネコちゃーーーん!」

「ニャニャ!?」


 耳をつくような大きな声に、僕もマヨちゃんも、そしてチョコも、思わず硬直してしちゃう。

 そしてお姉さんは両手を広げたと思うと、チョコを思いっきり抱き締めちゃった!


「ニャ、いったい何をするんだニャ!?」

「ああ、モフモフなネコちゃんなんて生前ぶりー! またこの手でネコちゃんをモフれるなんて、生きててよかったー、死んでるけどー!」


 いったい何がどうなってるの!?

 お姉さんはチョコを抱きながらうっとりしちゃってるけど、強く締めすぎ! ああ、白目むいちゃってるよ!


「ス、ストップ!お姉さん、チョコを放してあげてください」

「あ、あら? ごめんなさい、私ったらつい、我を忘れてしまって」


 申し訳なさそうにシュンとなって、チョコを放すお姉さん。

 チョコ、大丈夫?


「まったくビックリしたニャ。いくらアタシがラブリーだからって、いきなり締め上げるニャンて非常識ニャ」

「まあまあ。たぶんこの人も、悪気があった訳じゃないんだから。きっとチョコがあまりに可愛かったから、抱っこしたかったんだよ」


 ぷんぷんと怒るチョコを、なだめるマヨちゃん。

 一方幽霊のお姉さんは、しょんぼりとしながら頭を下げてくる。


「本当にごめんなさい。猫ちゃんがあまりに可愛かったから、つい。あのう……次は気を付けるので、もう一回モフモフさせてもらうわけにはいきませんか?」

「お断りニャ!」


 あ、やっぱりダメなんだね。


 この人はいったい何者なのかは分からない。けどハッキリしていることが一つ。

 それは相当な猫好きであること。

 チョコにこれだけ警戒される人なんて、初めて見たよ。

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