呪いのノートの真実

 チョコは雨を避けるためマヨちゃんの傘の中に入って、警戒するようにお姉さんを見る。

 尻尾を高く上げて、威嚇のポーズまでとっちゃって。


 一方お姉さんはふと何かに気づいたみたいに、僕とマヨちゃんを交互に見つめ始めた。


「そう言えばそっちの二人は、私の事見えるの?」

「はい。僕もマヨちゃんも、そういうのが分かるんです」

「お姉さんの姿も、バッチリ見えてるよ。お姉さん、幽霊なんですよね?」

「ええ、そうよ。だけど、見えるなんて珍しいわね。私、生きてた頃も死んじゃってからも、君達みたいな子と会ったのは初めてよ」


『死んじゃってからも』なんてフレーズは、中々聞かないなあ。でもちょっと変わってるけど、悪い人じゃないみたい。


 だけどここでお姉さんの姿を見ることができない十勝君が、しびれを切らした。


「なあ、何が起きてるんだよ? そこに何かがいるのは何となくわかるけど、呪いのノートに関係あるのか?」


 ノートを掲げながら、説明を求めてくる。

 そうだった、まずはそれを聞かないと。

 だけどその瞬間ーー


「の、呪いのノートですって……」


 え、どうしたの?

 さっきまで笑っていたお姉さんだったけど、一転して表情が強張って。ガクガクと肩を震わせてる。


「その反応、やっぱり何か知っているのニャ? アタシ達は今この呪いのノートについて調べて……」

「違います! それは呪いのノートなんかじゃありません! 素敵な夢を書く事を目的とした、おまじないノートです!」

「ニャニャ!?」


 あまりの勢いに、チョコがビックリして両手を上げる。

 けど、おまじないノートって。僕らが聞いた話と全然違うけど?


「そのノート、本当は夢や願い事を書いてほしくて置かれたものなんですよ。書いた願いが叶う、素敵なノートになることを祈って」

「へ? そうだったんですか? けどおかしいなあ。僕達、呪いのノートって聞いてきたのに」

「そんなの嘘です! どうして最近は、皆酷いことばかり書いていくんですか!? もうこんなの嫌です!」


 今にも泣き出しそうなお姉さんを前に、何も言えない僕達。

 チョコもお手上げといった様子で、詳しい話を聞こうにも、これは落ち着くまで待つしかないかな?



 そうして待つこと数分。十勝君にも事情を説明して、お姉さんもようやく落ち着きを取り戻してくれた。


「えーと、取り乱してしまってすみません。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前は照恵。生前は、近くの高校に通っていました」

「僕は、九十九光太って言います。朝霧小学校の四年生です」

「ボクは真夜子、一ノ瀬真夜子。で、こっちの見えない子は十勝君。それでこのニャンコは……」

「チョコだニャ」


 自己紹介をすると、照恵さんは僕達を見てニッコリと微笑む。


「光太君に真夜子ちゃんに十勝君。それにチョコちゃんね。わかってると思うけど、私は見ての通り幽霊なの。もう十年くらい前だけど、この場所で交通事故に遭っちゃって」


 あれ、もしかしてその事故って……。

 昭恵さんの言ったことを十勝君にも伝えると、同じ事を思ったみたい。


「それって、呪いのノートの話に出てきた、スゲー性格の悪い高校生のことか?」

「だから呪いじゃありませんってば。ああ、もう。なんでこう、話が曲がって伝わっちゃってるの?」


 うんざりしたようにため息をつく照恵さん。

 確かにこの人が話に聞いていたような、意地悪な人とは思えないよ。


「私は生前、友達とおまじないノートというものをつけていました。叶えたい願いや目標をつづった、交換ノートみたいなものです」

「夢や目標……。それで、書いてどうするんですか?」

「特に何も。ただノートに書いて見せ合うことで、絶対に叶えてやろうって気持ちになって。だからかな、ノートに書いたお願いは、叶うことが多かったんです」


 なるほど。不思議な力はなくても、書いて見せ合うことで、頑張ろうって気になるのかもしれないなあ。


「ですがある日、私は事故で死んじゃって。そしたら友達が、この事故現場にノートを置いていってくれたんです。離れても私達は友達だよと言う言葉と共に」

「ううっ。いい友達だったんですね。泣けてきちゃいますよ」


 目をキラキラと潤ませるマヨちゃん。亡くなっても尚仲良しでいるなんて、素敵な話だなあ。


「はい、それはもう。それから私、一度は成仏しようと考えたんですけど、ふと思ったんです。このノートに、もっとたくさんのお願いを書いていってほしいって。それから雨か降る日には、ノートをお地蔵様の前に置くようにしたんです。多くの人が素敵な願いを書いてくれることを祈って」


 そうすると不思議と色んな人がどこからかやって来て、ノートにお願いを書くようになっていったのだと言う。

 皆がどこで話を聞いたのかは照恵さんにもよく分からないそうだけど、もしかしたら照恵さんの友達が、噂を広めたのかもしれない。


「誰にも言ってないのに噂になるなんて、不思議だねえ」

「そうでもないニャ。壁に耳ありって言うけど、どこで聞いたか分からニャくても、皆気がつけば知ってることってあるもんだニャ」


 そんなものかなあ?

 ちなみにどうして雨の日限定なのか聞いたら、死んじゃった時に雨が降っていたからだそうだ。

 どういう理屈かはよくわからなかったけど、照恵さんはそう言うものだの一点張り。ならもう、それで納得するしかないよね。


「いつしかこのノートには、たくさんの願い事が書かれるようになって。私はそれらの願いが叶うよう、全力で応援しました」

「なるほどニャ。どうやら昭恵ちゃんはある種の、信仰染みた存在になったんだニャ。」

「チョコ、どういうとこ?」

「噂が広まるうちに、照恵ちゃんはただの幽霊じゃなくなったんだニャ。ノートを信じる人の心が照恵ちゃんに、願いを叶える力を与えたんだニャ。信仰心が幽霊や精霊に力を与えることは、よくあることなんだニャ」


 信仰心が力を与えたって。そんなのまるで神様じゃないか。

 それじゃあ照恵さんって、神様の一種なの!?


「まあ似たようなものニャ。照恵ちゃんはノートに書いたお願いを叶える、ノートの精みたいなものになってるんだニャ」

「ええ、チョコちゃんの言う通りです。と言っても、強い力を持ってる訳じゃないから、効果は些細なものですけどね。例えばスポーツの大会でいい結果を残したいってお願いしたら、本番で緊張しなくなるとか、その程度です。ほんの少し、背中を押すくらいのものなんですよ」


 へえー、そんな風になるのか。

 けどそんなちょっとした一押しが、お願いした人にとっては案外重要なのかもしれない。

 リラックスして本番に臨めるって、凄く大事なことなんだもの。


 だけど、依然分からないことが一つ。

 僕に代わって、マヨちゃんが尋ねる。


「結局、どうしてそのおまじないノートが、呪いのノートってことになったの?」

「それが聞いてください。何年か前に近所の中学生の男の子が、こんなお願いを書いたんです。部活でレギュラーをとりたいから、ライバルの子に怪我をさせてくれって」

「怪我をさせる? 自分が頑張るんじゃないんですか!?」


 思わず声を上げるマヨちゃん。

 驚いたのは僕だって同じだ。いくらレギュラーになりたいからって、他人に怪我をさせたいだなんて。


「それで、どうなったんですか? まさか、応援しちゃったんじゃ?」

「とんでもない。そんなものはガン無視ですよ。なのにその後、なぜかそのライバルの子が、怪我をしたゃったらしいんですよ!」


 え、なんで? 照恵さん、何もしなかったんだよね?

 あ、でもマヨちゃんも加藤さん達がノートに呪いの言葉を書いたすぐ後に、木から落ちちゃったんだっけ。

 ノートなんて関係無しに、不幸な事故なんて普通に起きちゃうものなんだ。


「私はむしろそんな願いなんて叶ってほしくないから、叶うなー叶うなーって祈ってたんです。それなのに……」

「叶っちゃったんですね。残念ながら」

「そうなんです。そしたらそれ以来、ノートに呪いの言葉を書くと叶うなんて言うデマが流れてしまって……。ああっ、本当は好きな子と両想いになれますようにとか、部活の大会で優勝したいとか、そう言うのを書いてほしいのに!」


 照恵さん、とうとう涙目になって、頭を抱えてうずくまっちゃった。


 今の話が本当なら、このノートに人を呪う力なんて無いから、マヨちゃんが呪われなかった理由はわかったけど。これじゃあとても喜べないや。


 まさかたった一回書いた良くない願いが叶ってしまっただけで、呪い扱いされるだなんて、照恵さんが可哀想だよ。


「うう、こんなのあんまりです。最近は素敵な願い事を書いてくれる人なんていなくなってしまいました。もう何ページにもわたって、怨み言ばかり書かれている始末です」

「そんなになんですか? 十勝君、ちょっとノート見せて」


 ノートを覗き込むと、確かにそこには誰々が呪われればいい、あの子に怪我をさせてなど、嫌な願い事がズラリと並んでいた。

 そして最新のページにあったのは、『同じクラスの一ノ瀬真夜子が酷い目に遭いますように』。

 これを書いた加藤さんも、このノートが本当は素敵な夢を書くための物だとは思ってなかったに違いない。

 本当は夢いっぱいのノートにしたかったのに、これじゃあ台無しだよ。


「全てはライバルに怪我をさせたいなんて書いた、あの男子中学生のせいです。ああ、憎らしい、恨めしい。できる事なら見つけ出してお仕置きして、あんなお願いを書いたことを後悔させてやりたい……」


 恨み言を口にする照恵さんの目は、まるで人を殺せそうなくらい鋭くて。そして彼女の周囲からは、何やら黒いオーラが立ち上り始めた。


「ちょっ、照恵さん落ち着いて! 何だかおかしなことになってます!」

「悪霊になりかけちゃってるよ!」

「え? あらすみません。つい怒りで我を忘れるところでした」


 怒りを沈めると同時に、立ち上っていた黒いオーラへ消えていく。

 良かった。あのままだと本当に、取り返しのつかないことになるところだった。


 それにしても、おまじないノートだったはずなのに、呪いのノート扱いになっちゃうだなんて。

 僕達で、何か力になれないかなあ?

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