誤解を解くための大作戦

 ノートにまつわる話の真相を知って、やるせない気持ちになる僕達。十勝君にも説明したけど、嫌そうに顔をしかめている。


「そりゃあずいぶんと酷い話だな。呪いのノートなんて、悪いこと言っちまったか?」

「仕方ないよ、知らなかったんだから。けどこんな話を聞いたら、放ってはおけないよね。ねえ、本当はおまじないノートなんだって、皆に伝えられないかな?」


 マヨちゃんがそう言うと、照恵さんの表情がぱあっと明るくなる。


「えっ、あのデマを消してくれるんですか? ありがとうございます!」

「任せといてよ。明日学校で、皆に本当の事を話すから」


 笑顔でブイさんを作りながら、胸を張るマヨちゃんだったけど。ちょっと心配だなあ。


「水を差す用で悪いんだけど、今まで呪いのノートだと思っていたのに、いきなりおまじないノートって言っても、信じてくれるかなあ?」

「なんだよ光太。そんなの、やってみなくちゃ分らねーじゃねーか」

「そうだけど、加藤さん達の件もあるから。マヨちゃんが加藤さん達を庇って嘘を言ってるって、思われたりしないかなあ?」

「それは……どうだろうな?」


 そりゃあ僕だって、誤解を解きたいとは思うけど。

 ノートの持ち主の幽霊から話を聞いたって言っても、信じてもらえるとは思えないし。


「それじゃあさ、信じない奴は俺がぶん殴るってのはどうだ?」

「「却下!」」


 僕とマヨちゃんの声が重なった。

 十勝君、それじゃあ信じてもらえるかどうかの話じゃ無くなっちゃうよ。


 中々いい方法が浮かばなくて、雨の降る中悩んでいると、照恵さんが申し訳なさそうな顔をする。


「皆さん、私の為に真剣になってくれて本当にありがとう。けど、大丈夫。本当は呪いなんて無いんですもの。放っておけばいずれ、変な噂も無くなりますよ」

「そんなこと言って、本当はすぐにでもデマを無くしたいんだよね。ダメだよ、こんな大事なことを放っておいたら」

「でも、真夜子ちゃん達に迷惑をかけるわけには……」

「ボクは……ボク達は迷惑だなんて思って無いよ。でしょう、コウ君。十勝君」


 そんなの当たり前だよ。乗り掛かった舟だけど、何とかしてあげたいと思う気持ちは本物だもの。

 けど、いったいどうすれば……。


「なあ、こう言うのはどうだ? そのノートに俺らが願い事を書いて、実際それが叶いましたってなったら、信じてくれるんじゃないのか?」

「あ、それ使えるかも。十勝君ナイスアイディア!」

「だろ。例えば宝くじで三億円当てたいって書いて、それが叶ったら信じてくれるんじゃねーの」


 なるほど、確かにそれなら呪いの噂なんて、すぐに消えてなくなっちゃうかも――


「あのう、盛り上がっているところ悪いですけど、私の力ではそこまで大きな願いは叶えられません」


 え、そうなの?

 ああ、そう言えばさっき、おまじないの効果は小さなものだって言ってたっけ。それじゃあ三億円を当てるだなんて無理だよね。


 けど、願い事を叶えるって言うアイディアは、やっぱり使えるかも。何かもっと、叶えられる範囲のお願い事をすれば。


「それじゃあこれはどうニャ。毎日お腹いっぱい、煮干しが食べられますように。マヨちゃんが毎日煮干しを持ってきてくれたら、簡単に叶うニャ」


 チョコは目を輝かせながらそう言ったけど、マヨちゃんは慌てて首を横に振る。


「毎日なんて、そんなの無理だよ! お小遣いがなくなっちゃうもん」

「それにチョコのお願いを叶えても、デマは無くならないんじゃないかな」

「むむ、残念ニャ。煮干し食べたかったのに」


 ええと、チョコ。まさかとは思うけど、単に煮干しが食べたかっただけじゃないよねえ?


「それじゃあよう、アイスで当たりを引きたいって言うのはどうだ? あと、チョコ○ールの金のエ○ジェルが欲しいとか」

「三億円に比べたらだいぶ簡単そうだけど、照恵さんできますか?」

「はい、それくらいなら。ただ、その……アイスが当たったからって、ノートの御利益だって信じてくれるでしょうか? 偶然当たっただけって、思われたりしませんか?」


 ……それもそうか。

 よく考えたらノートに頼らなくても、アイスが当たった事なんてあるし。それでご利益があったなんて言っても、やっぱり皆信じてもらえないかも。


「大きなお願いは叶えられないし、簡単なお願いじゃあ信じてもらえないなんて。あー、もう、どうすればいいのさー!」

「そんな事言われても。実現可能で、それでいて説得力のあるお願いがあればいいんだけど……ん、待てよ」


 ふとあるアイディアが浮かんできた。もしかして、これならいけるかも。


「何々? 何か良いアイディアでもあるの?」

「良いアイディアと言うか。難しいかもしれないけど、頑張ればどうにかなるかも、くらいの願い事なら思いついたんだ。照恵さん、ノートにするお願い事って例えば、部活の大会でいい成績を残したいでも、大丈夫なんですよね?」

「はい。成績がどの程度になるかはそれぞれですけど、いつもより少しだけいい結果を残せる程度には、ご利益を与えることができます。あ、もちろんお願いをした本人が頑張るのが条件ですけどね。楽して結果が残せるほど、世の中甘くありませんもの」


 それじゃあ、可能な事は可能なんですね。だとしたらいけるかも。


「コウ君、僕達にも分かるように説明してくれないかなあ?」

「そーだそーだ。もったいぶらずに教えろよ」

「うん、ええとね……」


 僕は思いついたそのアイディアを説明して。マヨちゃんや十勝君だけでなく、チョコや照恵さんも興味津々と言った様子で、耳を傾けてくる。


 だけど輝いていたのは、最初のうちだけ。

 話しているうちに、マヨちゃんの表情が引きつっていって。十勝君にいたってはもっと露骨に、嫌そうな顔をして頭を抱えちゃっている。そして……。


「お前はバカか⁉ そんなこと、できるわけねーだろ!」


 話が終わった後、開口一番に十勝君に怒られちゃった。

 そんなー。いいアイディアだと思ったのに―。


「叶えられない願いなんて、書いても意味ねーだろ。そりゃあお前はいいかも知れねーけどさ、俺には絶対に無理だって!」

「で、でも頑張ればもしかしたら」

「無理ったら無理!」


 聞く耳持たないと言った様子で、傘をさしながら腕を組んで。無理だ無理だの一点張り。

 いけると思ったんだけどなあ。けど残念だけどこの案も却下かあ。

 だけどその時、マヨちゃんが眉をつり上げた。


「十勝君、やる前から無理って言うだなんて、男らしくないよ!」

「え? いや、でもよう……」


 怒った様子のマヨちゃんに、十勝君もタジタジ。組んでいた腕をほどいて、思わず一、二歩後ずさる。


「光太が言った事、本当にできると思うか? 俺はもちろん、真夜子だって無理だろ」

「無理じゃないよ。そりゃあ難しいかもしれないけどさ、やる前からダメって決めつけるのは良くないって、おばあちゃんが言ってたよ。だいたい、照恵さんがかわいそうだと思わないの? 」

「それは……」


 十勝君は照恵さんの声を直接聞いたわけじゃ無いけど、話を聞いて、悲しい思いをしている事はちゃんと伝わっているはず。

 悩んだみたいに頭を抱えてたけど、やがて飽きたらめたみたいにため息をついた。


「ええい、分かったよ。そこまで言うのならやってやるって。俺だってやればできるってところを、見せればいいんだろ」

「本当? さすが十勝君。じゃあ早速今から家に帰って、準備に取り掛かろう!」

「へ? い、今からか?」


 ビックリしたみたいに目を丸くさせたけど、僕もマヨちゃんに賛成。何せこの作戦の一番の要は十勝君なんだから、頑張ってもらわないと。


「別に明日からでも良いんじゃないのか?」

「ダーメ。あまり時間が無いんだから、急がないと。それとも、さっき頑張るって言ったのは嘘だったの?」

「う、嘘じゃねえよ。分かったよまったく……」


 少し躊躇いがちではあるけど、何とか納得してくれた。やっぱり十勝君をやる気にさせるには、マヨちゃんが一番なんだなあ。


「と言う訳だから照恵さん、ボク達に任せてください。悪い噂は、必ず何とかしますから」

「ありがとうございます。私もご利益があるように、力いっぱい応援しますね」


 照恵さんはとても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべてくる。

 あ、そうだ。準備もいいけど、その前に肝心な事を忘れちゃいけない。


「それじゃあまずは皆で、ノートにお願いを書こう。これをしておかないと、意味がないもんね」

「ああ。俺の場合ノートの御利益が無いと、絶対無理だしな。」


 手にしたままになっていたノートを開いて、今話したお願い事を書いていく十勝君。

 そしてそれが終わったら今度はマヨちゃんが、同じお願いを次々と書いていって。

 そしてそんな僕らの様子を、照恵さんとチョコは後ろから眺めていた。


「あの子達、とってもいい子ね。今日会ったばかりの私の為に、あんなに一生懸命になってくれて」

「そう言う子達なのニャ。いつも元気で、素直で明るくて……。ところで照恵ちゃん、いい加減アタシをぎゅっと抱きしめるこの手を、放してほしいニャ。ちょっと力が強すぎるニャ」

「あ、ごめんなさい。でももうちょっとだけ……お願い、モフモフさせて!」

「わわっ、更に締め付ける力が強くなったニャ。皆ー、助けてほしいニャー!」


 あれ、チョコが何か言っている。

 けど次は僕が書く番だから、ちょっとだけ待っててね……よし、できた。


 ノートが雨で濡れないよう傘を持ち直しながら、書いた文字をもう一度読み返す。

 僕達の書いた願い事、それは……。

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