呪いに掛けられて
朝にちょっとした騒動があったものの、その後は何事も無く過ぎて行って。昼休みに入って給食を食べ終えた僕は、教室で体操服を着たマヨちゃんと話をしていた。
「あーあ、せっかく晴れてるのに、外で遊べないなんて勿体無いなあ」
机にほっぺたをくっつけてうつ伏せながら、ため息をついちゃってるマヨちゃん。
けど仕方ないよ。今着ている体操服は借り物。外で走り回ってて、汚したらマズいしね。
でも晴れるのを待っていたのに外で遊べないなんて、ちょっと可哀想かも。十勝君なんて給食当番の仕事を僕に押し付けて、真っ先に飛び出して行ったって言うのに。
「コウ君は外にいかないの? 十勝君、ドッチボールするんだって張り切ってたから、入れてもらいなよ。ボクといたってつまらないでしょ」
「そんなことないよ。それに僕、ドッチボール苦手だし」
投げてもヘロヘロだし、ボールが飛んできたって掴むことができなくて、避けてばっかり。逃げてばっかりだから結構終盤まで生き残る事は多いけど、戦力外だって自分でも分かってるもん。
「それより、今朝の怪我は平気? 傷んだりしてない?」
「大丈夫、ちょっとお尻を打っちゃっただけだもん。災難だったけど、ニャンコを助けられたから良かったよ。あ、ニャンコと言えばチョコ。今日は晴れたから、久しぶりに会えないかなあ?」
「どうだろう? チョコって気まぐれだからねえ」
けど梅雨に入ってからあんまり会えていないし、僕も会いたいなあ。
放課後になったら十勝君も誘って、三人で会いに行って——
「真夜子! お前大丈夫か⁉」
あ、十勝君。
誘ってみようと思ったまさにその時、今朝と同じように声を上げながら教室に飛び込んでくる十勝君。けど、何だか様子がおかしい。
入ってくるなりこっちに目を向けてきて、ズカズカと速足でやって来た。
「おい、平気か? どこも怪我してないよな⁉」
「え、何いきなり? 怪我はないって、牧恵先生だって言って……」
「そうじゃなくて、お前が変な呪いにかけられたって聞いて……」
また呪い? 確か今朝、加藤さんもそんな事を言っていたけど。
すると十勝君は教室を見まわして、その加藤さんに目を向けた。
「おい加藤! お前昨日、真夜子におかしな呪いをかけたらしいなっ!」
「―――ッ!」
途端に、凍り付いたように表情が固くなる加藤さん。この様子、何だかただ事じゃないみたいだけど。
って、十勝君、何腕まくりしながら加藤さんに詰め寄ってるの⁉
「加藤、よくも真夜子に……」
「十勝君ストップ! 何があったのか知らないけど、ケンカは良くないって!」
「ええい止めるな! こいつが真夜子に何をしたか、知らねーのか⁉」
「知らないよ! だからまずは説明してってば!」
なんだか昨日から、ケンカを止めてばっかり。だけど昨日ケンカしていた加藤さんは、顔面蒼白と言った感じで固まっちゃってて、何も言い返してこない。
「コウ君の言う通りだよ。十勝君……美春ちゃんでもいいから、どういう事か教えてくれない? 呪いって、いったいどう言う事?」
事態が呑み込めないのはマヨちゃんも同じで、十勝君と加藤さんの間に割って入る。
加藤さんはそれでも動けずにいたけれど、十勝君は。
「さっき、隣のクラスの奴らが話してるのを聞いたんだ。加藤が昨日、呪いの地蔵にお願いした……だったっけ? とにかく、コイツが真夜子を呪ってる所を、見たって奴がいるんだよ!」
呪ったって、マヨちゃんを?
何かの間違いなんじゃないかって思ったけど、目を泳がせて、動揺を隠せない様子の加藤さん。
本当に呪いなんてかけたの? この慌てよう、十勝君が言っていることがデタラメとは思えない。
「おい、何とか言えよ!」
責める十勝君に、教室に残っていたクラスの皆もこっちに目を向けて、何事かと騒ぎ始める。
だけどそんな十勝君を止めたのは、マヨちゃんだった。
「止めなよ、美春ちゃん怖がってるじゃん」
「真夜子? けど、コイツはお前をだなあ」
「急に呪いなんて言われてもわけわかんないよ。ねえ美春ちゃん怒ったりしないから、どういう事か教えてくれないかな?」
優しく諭すように訴えるマヨちゃん。
加藤さんはガタガタと震えて、うっすら目に涙を浮かべ始めた。
「ご、ごめん。ほんのイタズラのつもりだったの。昨日、真夜子ちゃんの事を勘違いして、それで一緒にいた子が、面白いおまじないがあるからって言い出して。それで……」
そうして加藤さんは少しずつ、呪いについて語ってくれた。
話によると、町外れにある交差点に一体のお地蔵さまが置かれていて。そのお地蔵さまに誰々を呪ってほしいとお願いすると、その相手が不幸な目に遭うと言う、まあよくある怪談話のような内容だった。
普通ならそれは、他愛も無いイタズラで終わるだろうけど……。
「お前、なんて事してくれたんだ! そのせいで真夜子は、木から落ちたんだぞ!」
そう、実際にマヨちゃんに起きた事を考えると、とても笑ってはいられない。
幸い大事にはならなかったけど、一歩間違えたら大怪我をしてたかもしれないんだもの。
「加藤さん、どうしてそんなことしたの? いくらなんでも、不幸にするだなんて、やり過ぎだよ」
「たっ、だって。ほんの冗談のつもりだったんだもの。こんなことになるだなんて、思わなかったの」
両手で顔を覆いながら、最後の方は涙声になっている。
確かにいきなり呪いだなんて言われても、本気にできないと言う、加藤さんの気持ちはわかるけど。
だけど僕は知っている。科学じゃ解明できない不思議な出来事なんて、当たり前にあるってことを。
「ごめん……ごめんなさい……」
涙声で謝罪の言葉を繰り返す加藤さんは、昨日あんな風にケンカしていたのが信じられないくらい弱々しい。
どうしよう、やったことは誉められたことじゃないけど、これ以上責めるのは可哀想だし……。
だけど重たい空気が漂う中、マヨちゃんが口を開いた。
「コウくん、美春ちゃんを怒らないであげて。本気にしてた訳じゃないって言ってるじゃない」
「でも……」
「平気だよ、ボクは気にしてないもん。それにきっと、木から落ちたのだって、ただの偶然だよ。だいたい、呪いなんてあるわけ無いもんね」
えっ……ええっ、それでいいの?
気にしていないみたいに笑っているけど、マヨちゃんだって知ってるよね。呪いが本当にあるって事を。
「けど、いいのかよ。コイツ、お前を呪おうとしたんだぞ」
「そうかもしれないけどさ、ちゃんと謝ってくれたんだから、つまらない事でイジメちゃ可哀想だよ。だから美春ちゃん、あんまり気にしないでね」
「真夜子ちゃん……」
うなだれていた加藤さんの頭を、優しく撫でて。そして最後に大きく、手をパンって鳴らした。
「さあ、もうこの話はおしまい。コウくんもも十勝君も、それで良いよね」
「う、うん……」
「真夜子がそう言うなら……」
本当はまだ心配だったけど、こんなお日様みたいにキラキラした笑顔を見せられたら、何も言えなくなっちゃう。
「真夜子ちゃん、本当にごめん。それと……ありがとう」
「良いって良いって。それより早く遊ばないと、昼休み終わっちゃうよ。コウくん、十勝君、ボク達も行こう」
言われるがまま、三人しては元の席へと戻って行く。だけど……。
マヨちゃんはああ言ったけど、本当に大丈夫かなあ?
「なあ、本当に良いのかよ? お前、呪われてるかもしれないんだろ」
席に戻るなり、開口一番にそんなことを言ってくる十勝君。
さっきマヨちゃんはこれで終わりって言ってたけど、やっぱり納得がいかないみたい。
ううん、十勝君だけじゃなくて、僕だって同じ気持ちだよ。
「このまま放っておくのは、やっぱり心配だよ。もし呪い本当だったらどうするの?」
「そりゃそうだけど、せっかく仲直りできたんだもん。またケンカになんてなりたくないじゃない」
「そうだけどよ……そうだ光太。お前、幽霊とか見えるんだろ。だったら真夜子が本当に呪われてるかどうか分かるんじゃないか?」
「うーん、それが……」
生憎それは、かなり難しいんだよね。だってさあ。
「幽霊や妖怪と違って、呪いはそんなに数を見てきた訳じゃ無いからねえ」
「ああ、そうだよね。だって今時呪いを掛ける人なんて、ほとんどいないもの。ボクも呪いのことはよく分からないや。たぶん大丈夫だとは思うけど……」
やっぱりマヨちゃんもか。どうやら霊感はあっても呪いのことは分からないのは、結構あるあるみたい。
「なんだよ。肝心な特に役に立たねーな」
「もう、分からないものは仕方がないじゃない。それじゃあ十勝君は分かるの?」
「お、俺は良いんだよ。そんなことより、本当に呪われてるかどうか、確かめる方が先だろ。誰かこう言うのに、詳しい奴いないか?」
詳しい人、かあ。けどそんな心当たりなんて……いや、待てよ。詳しい人は知らないけど、詳しい猫ならいた!
「そうだチョコだ。チョコならもしかしたら、分かるかもしれない」
「チョコって、あの猫助か? そういやアイツ、本当は妖怪なんだっけ。あんまピンとこねーけど」
そっか、十勝君はチョコの二つに別れた尻尾が見えないからねえ。
けどチョコは紛れもなく猫又。呪いについて、何か分かるかもしれない。
「ちょうど今日会いにいくつもりだったから、その時聞いてみようか。ボク、チョコにあげるおやつ持って来てるんだ」
「お、さすが真夜子。それじゃあ放課後、皆で行ってみようぜ」
張り切った様子の十勝君。一方僕はというと、加藤さんが掛けたって言う呪いが、どんなものかが気になっていた。
呪いと一口に言っても、色々と種類があったはず。
夜中にわら人形に釘を打つ丑の刻参りなんかは有名だし、何々を見た人は呪われる、なんて怪談もあったけど、呪いのお地蔵さまかあ。やっぱり、聞いたこと無いや。
マヨちゃんのピンチかもしれないんだ。これはチョコに会いに行く前に、もうちょっと調べておいた方がよさそうかも。
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