現れた黒い影
話によると、マヨちゃんが最初にそいつのすがたを見たのは三日前。ううん、本当は、ちゃんとすがたを見たわけでは無いみたい。学校が終わって、帰る途中、家の近くまで来たマヨちゃんは、不意に寒気におそわれみたい。
「ボクの家の場所、わかるかな? 山の方の、畑や田んぼがたくさんある所の辺りなんだけど」
「ああ、あの辺りかな」
ぼくはあの近くにはあんまり行ったことはないけど、何となくわかる。そうか、マヨちゃんの家ってあの辺なのか。
「家まであと少しって所で、なんだか急にゾクッてしたの。気になって辺りを見てみたら、田んぼのわきにある木の上に、何か黒い影が立っていて」
「黒い影? ずいぶんハッキリしない言い方だな。お前、妖怪とかバッチリ見えるんじゃねーのかよ?」
「そうなんだけどね。あ、何かいるってわかった時、その黒い影はにげるみたいに、パッとどこかに消えちゃったんだ。たぶん向こうもボクか見えてることに気づいて、どこかに行ったんだと思う」
「ああ、たまにいるよね。見られてることに気づいたら、にげちゃう妖怪って」
見られることが苦手な、はずかしがりやなのか。それとも見られてはいけない事をしていたのか。とにかくそういうタイプの妖怪は、たしかにいるなあ。
「けどよ、すがたを見られてすぐににげちまうようなヤツなら、大したこと無いんじゃないのか?だいたいそいつ、本当に危ないヤツなのかよ?」
「たぶん。だって見たのはほんの一瞬だったけど? 身体中がゾワゾワーってしたんだもの」
「それって、危ないってことなのか?」
よくわからない様子の十勝君。見えないしのだから仕方がないけど、ぼくにはわかる。危険な悪霊や、悪い事をしようとしている妖怪を見た時は、うまく言い表せない、イヤな感覚におそわれるんだよ。ただ……
「マヨちゃん、それって本当にゾワゾワーってしたの? 危ない相手ならゾワゾワーじゃなくて、ヒヤリってならない?」
「ええー、そんなことないよ。危ない時はゾワゾワーだよ」
「そうかなあ? ゾワゾワーだったら危ないというより、気持ち悪い気がするんだけどなあ」
「コウくん変だよ。気持ち悪い時はふつう、ムカムカじゃないかなあ?」
うーん、ムカムカねえ。それって車によったり、食べすぎた時の気持ち悪さのようなきがする。今回ぼくが言いたい気持ち悪さは、それとはちがうんだけどなあ。そんなことを考えていると。
「……おいお前ら」
「あ、ごめん。十勝君はこの感覚、分からないんだよね」
「ええと、最初にボクが言ったゾワゾワーって言うのが危ないモノが近くにいる時の感覚で……」
「そんなもの知るか!ゾワゾワもヒヤリもムカムカもどうでもいい! 問題はどんな言い方かじゃなくて、真夜子の家の近くを、ヤバいヤツがうろついてたって事だろう!」
あ、そうだった。今は感覚のちがいなんて、どうでもよかったんだ。
「お前ら、しっかりしてくれ。これじゃあ話か終わる前に、昼休みが終わっちまう」
「「はーい」」
いけないいけない。つい話がそれちゃってた。気を取り直して、マヨちゃんの話の続きを聞くことにする。
「それで、黒い影はすぐににげちゃったんだけど、やっぱりイヤな感覚があったから気になって。少しの間辺りを調べていたんだけど、そこに出かけていたおばあちゃんが帰って来たんだよ」
「あれ? たしかマヨちゃんのおばあちゃんが、妖怪にねらわれてるらしいって話だよね。今の話じゃ、そんな風には思えないんだけど」
たしかにその黒い影と言うのは少し気になるけど、おばあちゃんがやって来たのはその影が去った後なんだし。
「たぶんだけど、アイツはおばあちゃんのことを待ちぶせしてたんじゃないかって思うんだよ。でも途中で、ボクに見つかったから逃げちゃった。その時はね」
「その時はってことは、それかもまた何かあったのかよ?」
マヨちゃんはコクンとうなずいて、話を続ける。
「ボクもその時は、変なモノを見たくらいにしか思わなかったんだ。けど次の日の朝、またそいつを見たんだよ。しかも今度は、ボクの家の庭にいたの」
「家にまで来たのかよ。それって不法侵入じゃねーか。それとも、ストーカーか?」
「どっちでもいいよ。朝起きて、トイレに行こうと思って、縁側を歩いていたんだけど、その時庭を見たらいたんだよ。昨日と同じ黒い影が。そして庭から廊下をはさんだ先にあったのが、おばあちゃんの部屋だったんだ」
なるほど。影がいた時は二回とも、近くにおばあちゃんがいたんだね。
「その後も、何度か影は現れたんだよ。で、決まっていつも近くには、おばあちゃんがいた。それでもしかしたら、おばあちゃんをつけ回してるんじゃないかって思ったんだ」
「でも、もしかしたらねらわれてるのは、マヨちゃんってことは無いの? 影が現れた時って、当然マヨちゃんも近くにいたんだよね?」
マヨちゃんが影を見ているのだから、間違い無い。だったらねらわれているのは、もしかしたらマヨちゃんかもしれない。だけどマヨちゃんは、首を横にふった。
「それは無いと思う。だって学校やおばあちゃんが近くにいない時は、影を見る事は無いんだもの。コウ君だって何も感じないでしょ」
「たしかに。あれ、でもちょっと待って。マヨちゃんのおばあちゃんってたしか、幽霊や妖怪の事を……」
「うん、見えるよ」
やっぱりそうだよね。前におばあちゃんも見える人だって、マヨちゃん教えてくれたし。だけどこの事を知らなかった十勝君は、不満そうな顔をする。
「何だよ、そんな話聞いてねーぞ。何でオレにだけかくしてたんだよ?」
「別にかくしてたわけじゃ無いよ。ただ言う機会が無かっただけだってば」
「けど、光太には教えてたんだよな……」
たしかにそうだけど、その時はまだ十勝君とマヨちゃん、今ほど仲よくなってなかったから仕方が無いと言うか。そんなうらみのこもったような目で見ないでよ。
「と、とにかく話をもどそう。おばあちゃんも見える人なら、相談はしたの ?変な影に後をつけられてないって?」
「もちろんしたよ。でも……」
「でも?」
「そしたらおばあちゃん、ボクが気にすることは無いって言って。きっとおばあちゃん、あの影に、ちゃんと気付いているんだと思う。おばあちゃんはボクよりも、ずっと強い力を持っているから」
マヨちゃんの言う強い力と言うのが、どういうものなのかはよく分からなかったけど、気づいているのに何もしてないってことなのかな?
「それって、何か考えがあって、放っておいてるのかもしれないよ」
「それは……そうかもしれないけど。でも……」
「ごめん、やっぱり心配だよね」
ぼくはジッとマヨちゃんを見る。マヨちゃんは最近、ずっとその影の事が気になって、元気をなくしてしまっているんだ。だったら、放っておけるわけないじゃないか。
「マヨちゃんは、その影を何とかしたいって思ってるんだよね?」
「うん。だってあの影、良くない気配がプンプンするんだもの。そんなのがおばあちゃんに付きまとってるのなら、追い払ってやりたい」
うん、やっぱりそう言うと思った。となりを見ると十勝君と目が合って、ぼくらは何も言わずにうなずき合う。そして。
「よ―し。真夜子の気持ちはよーくわかった。安心しな、オレ達も力を貸してやるよ。なあ光太」
「うん。ぼくじゃ頼りないかもしれないけど、がんばるから。三人で何とかしよう」
「ええっ?」
大きな声を上げておどろいちゃったけど、そんなにビックリする事かなあ?
「で、でも良いの? 相手は本当に、危ない妖怪かもしれないんだよ」
「なに言ってるんだ?だから人数が多い方が良いんだろ」
「それにぼく達がいなかったら、マヨちゃんは一人でもどうにかしようとするんでしょ。そんなの方っておけないよ」
大友達が危険な目にあうかもしれないんだから、何とかしたいに決まってる。以前のぼくならこんな時、怖いって思っていただろうけど、今はちがう。
「二人とも、ありがとう!」
「良いってことよ。見てろよ、悪い影の一つや二つ、オレがぶっ飛ばしてやるからよ」
「うんうん……って、十勝君は妖怪が見えないよね。いったいどうやってぶっ飛ばすの?」
「それは……」
どうやら何も考えていなかったようで、十勝君は言葉に詰まる。そう言えば、相手を見る事も出来ない十勝君は、この場合何をすればいいんだろう?
「と、とにかくだ。見えなくたって何か力になれるかもしれないだろ。頭を使って、影の野郎を追い詰めるとかよ」
「ええー、十勝君、頭を使って何とかできるの?」
「で、できるぞそれくらい。だいたい光太を見てみろ。コイツはたしかに妖怪が見えるかもしれないけどケンカはからきしじゃねーか」
ビシッと指をさされてしまった。うう、何もそんな風に言わなくても。たしかにぼくはケンカは弱いけど、でも。
「ぼくだってやる時はやるよ。十勝君がビックリするくらい、スゴい活躍するんだから」
「お? なんだか今回は、やけにたのもしいじゃねーか」
これには自分でも少しビックリしている。こんな風に強気な事を言うだなんて、ぼくらしくない……いや、マヨちゃんのおばあちゃんのピンチなんだから、これくらいは言わなくちゃ。
「本当にありがとうね。それじゃあどうしよう、いつも通りだと影は、ボクの家の近くに現れるんだけど」
「だったら今日、真夜子の家に行っていいか? こっちが待ちぶせして、影の野郎をとっちめてやろうぜ」
「大丈夫だと思う。コウ君はそれで良い?」
「うん、ぼくも平気だよ」
そう答えたところで、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。今から掃除の時間が始まる。
「おっと、ボクはもう行かなくちゃ。掃除場所、図書室なんだ。それじゃあ二人とも、また後でね」
手をふりながら、歩いていくマヨちゃん。
それにしても現れた影って、いったいどんなヤツなのだろう? あのマヨちゃんが危ないって思うくらいの相手だから、かなりの大物なのかもしれない。だけど……
大丈夫。ぼく達ならきっと、何とかできるから。
そう自分に言い聞かせる。相手がどんなに強くてもみんなで力を合わせれば、きっと勝つことが出来るんだって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます