病気を運ぶ鬼

マヨちゃんの悩み

 六月ももうすぐ終わり。外は今日も雨で、梅雨の最後にラストスパートをかけるかのように、朝からどしゃぶりの雨がふり続いている。


 けど、天気予報では明日から晴れるみたい。梅雨が終わると、いよいよ夏。夏休みが始まるし、その前にはプールの授業もある。クラスの中を見回してみても、みんなどこか楽し気な様子で、雨のじとじともふき飛ばすワクワクした感じがクラスにはあった。ただ一人をのぞいては……


「マヨちゃん、マヨちゃん」

「ふえっ? な、何?」

「何って、今から給食だよ。机くっつけないと」

「ああ、そうだったね。ごめん、前の授業が眠くて、ついボーッとしちゃってた」


 朝霧小学校では給食の時間、同じ班の子たちで机をくっつけて、みんなでいっしょになって給食を取っている。マヨちゃんの班の子達は「マヨちゃんらしい」と笑っていて、マヨちゃんも照れたように笑っていたけど、その様子を見ていたぼくは、不思議に思っていた。


 やがて給食が運ばれてきて、みんなで「いただきます」を言った後も。十勝君が班の子と、ふざけて牛乳の早飲み対決をして先生におこられた後も、ずっとマヨちゃんの事が気になっていた。


 マヨちゃんは友達と楽しそうにおしゃべりをしながら給食を食べているけど、なぜだろう? 笑っているはずなのに、その笑顔話元気が無いような気がする。


 考えてみれば、最近様子がおかしかった気がする。初めに「あれっ?」て思ったのは昨日。朝あいさつをした時にマヨちゃんが言ってくれた「おはよう」が、どことなく元気のないような気がしたんだ。そしてそれからずっと、どこか元気が無かったり、ボーっとしてることが多いような気がしたり。どこかふつうじゃないように思えた。


 マヨちゃん、いったいどうしたんだろう?

 給食の間中、マヨちゃんの事が気になって。だから食べ終わって、昼休みになってすぐに、ぼく、はこの事を十勝君に話してみた。


「真夜子の様子がおかしい? それって、どんな風にだよ?」

「良く分からないけど、何となく元気が無いって思わない?」

「うーん……」


 十勝君はうで組をしながら、少し考えていたけど、すぐにハハハと笑い声をあげた。


「そんなの勘ちがいだろ。今日だっていつも通りだったじゃねーか」

「そうかなあ? 時々ボーっとしているみたいだったけど」

「たまにはそういう事もあるんじゃねーか? 昨日の体育の時は、元気に体育館を走り回っていたし、今日だって変わった様子はなかっただろ」

「そうかなあ。何だかいつもとちがう気がするんだけど……」


 とは言えぼくも、何となくそんな気がすると言うだけで、気のせいと言われればそうかも知れないって思ってしまう。十勝君は「もういいか」とボールを手にすると、体育館へ向かおうとする。今日の昼休み、体育館は四年生が使える日になっているから、ひさしぶりに体を動かしたいんだと思う。ぼくの話を早々に切り上げて、遊ぶ気満々と言った様子。

 仕方が無い。かんちがいかもしれないし、無理に引き止めちゃダメだよね。


「ごめんね、引き止めちゃって」

「別にいいけどよ、もし本当に何かあったら、ちゃんとオレにも言えよな」

「うん。その時は相談するよ。ぼくの思いすごしなら良いんだけど、もしかしたら悩みがあるのかもしれないしね」

「悩み? 真夜子にそんなものあるのかよ?」


 そりゃあ、あるんじゃないの? 

 もしかして、十勝君には悩みは無いの? そう言おうとしたけど、止めておいた。よけいな事を言ったら、おこらせちゃうかもしれないし。


「マヨちゃんにだって悩みはあると思うよ。例えば大事なモノを失くして、こまっているとか、好きな人ができたとか……」


 ありえるかもしれない事を、一つずつあげていってみる。すると話している途中で急に、十勝君の目の色が変わった。


「おい、何をグズグズしてるんだ! 真夜子に話を聞きに行くぞ!」

「えっ? でもさっき、気のせいって言ってなかった? それに、体育館に行くんじゃなかったの?」

「お前何冷たいこと言ってるんだよ! 友達が悩んでるってのに、放っておく気か? この薄情者!」


 そんな、元々ぼくが心配だって言い出したのに。って、十勝君もう歩き出したよ。教室に残っていた女の子をつかまえて、すがたの見えないマヨちゃんがどこに行ったのかを聞いている。


「光太、真夜子は理科室に行ってるらしい。ノートを出しわすれたんだとよ」

「あ、そう言えば四時間目の授業で集めてたね。だけど出しわすれるだなんて。マヨちゃん、やっぱりどこかボーっとしてたのかも」

「そんな話は後だ。さっさと行くぞ!」


 手にしていたボールを、そばにいた男子におし付けて、足早に教室から出て行く十勝君。ぼくもあわてて後を追ったけど、ちょっと待ってよ。ダメだよ廊下を走っちゃ。


「十勝君ストップ! 走ったらおこられるよ」

「そんなこと言ってる場合かよ。真夜子にす……好きなヤツが出来たかもしれねーんだろ!」

「だからそれは例えばの話で……」


 正直ぼくは、マヨちゃんが本当に好きな人が出来て悩んでいるだなんて、ちっとも思っていなかった。何となくだけどマヨちゃん、そんなイメージ無いから。

 だけど、こうなった十勝君は、もう止められない。もとはと言えばよけいな事を言ったぼくのせいだし、マヨちゃんが何を悩んでいるかはやっぱり気になる。ぼくは走りはしなかったけど、それでも足早に十勝君の後を追いかけて行く。


 そうして理科室に向かう廊下を、十勝君と一緒に進んでいると、向かいから、マヨちゃんが歩いてくるのが見えた。すると、向こうもこっちに気付いたみたいで、手をふってくる。


「どうしたのこんなところで? もしかして二人とも、ノートを出しわすれちゃった?」

「ううん、そう言うわけじゃ無いんだけどね。ねえ十勝君」

「あ、ああ。ちょっとな」


 ぼくと十勝君は、そっと目を合わせる。急いでやってきたのはいいけど、ぼくも十勝君も、なんて聞けばいいか考えていなかった。「何か悩みでもあるの?」って聞いたら早いんだけど、ちょっと聞きにくい。

 十勝君もさっきまでの興奮していた様子がウソみたいに、だまっちゃってる。


「そ、そうだ。今から体育館に遊びに行こうかと思ってたんだけど、マヨちゃんもいっしょにどう?」

「えっ? ああ、そう言えば今日は体育館を使える日だっけ。行く行く」


 そう言って笑った……やっぱりおかしい。マヨちゃんは今の今まで、体育館が使えるって事をすっかりわすれていたいたみたい。いつもならこう言う日は、だれよりも早く給食を食べ終えて、真っ先に教室を飛び出していくのに。


 さっきまでは気のせいだと笑っていた十勝君も、これはおかしいと思ったのだろう。頭をかきながら「めんどうくさい」って言ったかと思うと「真夜子!」と声上げて前に出た。


「お前、今日ちょっとおかしいぞ。何かかくしてるんじゃないのか?」

「えっ? そ、そんなこと無いよ。どうしてそう思うのさ?」

「そ、それはアレだ。なあ光太」

「ええと、何だか今朝から……ううん、上手く言えないんだけどマヨちゃん、少し前から何だか元気が無いような気がして。ぼく達のかんちがいなら良いんだけど」


 本当に、思いすごしであってほしいけど。だけどこの時、マヨちゃんは明らかにドキッとした顔になる。これはやっぱり、何かあるみたい。


「なあ、何があったか知らねーけどよお。オレ達なら相談にのってやってもいいぞ。何があったんだ? テストで悪い点でも取って、母ちゃんに見せられないのか?」

「そんなんじゃないってば!」

「それじゃあ、体の調子が悪いとか? だったら無理をせずに保健室に行かなくちゃ」

「平気だってば。見ての通りピンピンしてるよ。ボクは、ね……」


 そこまで言って、少し悲し気な顔になるマヨちゃん。さっき『ボクは』って言ったけど、もしかしてマヨちゃん以外のだれかに、何かあったとか? 例えばお父さんや、お母さんとか?

 ぼくはそんな事を考えたけど、十勝君は考えるよりも先に口を動かした。


「じゃ、じゃあなんだ? 好きなヤツが出来たとか、気になる男がいるとか、だれかの事を考えると、むねがチクってなるとかそう言う悩みか⁉」


 十勝君、それ全部同じことだから。するとぼく達がしつこかったせいか、マヨちゃんはあきらめたようにため息をついた。


「そんなんじゃないってば。ごめん、本当はすぐに言った方が良かったのかも。こんなこと相談できるの、二人とチョコくらいしかいないんだし」

「ぼく達とチョコ?」

「それって……」


 十勝君も察したみたいで、そろって顔を見合わせる。このメンバーの共通点、それはマヨちゃんが見える人だって知ってるって事。という事は……


「幽霊や、妖怪関係で、何かがあったんだね?」


 マヨちゃんはこっくりとうなずいて、そして言いにくそうに口を開いた。


「実は最近、ボクの家の近くに妖怪が出るんだよ。まあ妖怪がその辺をウロウロしているのは、いつもの事なんだけどね」

「いつもの事なのかよ?」


 十勝君はビックリしたみたいだったけど、ぼくはそうだろうなって思った。実際、妖怪なんて多くの人が見えないだけで、その辺にうようよいるんだよ。今日登校してくる途中にだって、お酒のビンを抱えて、道の真ん中にで眠っているカッパを見ている。あのカッパ、見る事の出来ないだれかにけ飛ばされなければいけど。


「それでその妖怪って言うのが、どうやらねらっているみたいなんだ。ボクのおばあちゃんのことを」

「えっ?」

「はっ?」


 ねらってるって、どういう事? 

 マヨちゃんの話に、ぼくも十勝君も、おどろきを隠せない。打ち明けられたその話は、ぼくらが思っていたよりも、だいぶ大きなものだった。

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