おばあちゃんに弟子入り?

 学校が終わった放課後、ぼく達は雨がふる中カサをさして、マヨちゃんの家に向かっていた。

 田んぼのそばを歩いていると、ゲコゲコとカエルの鳴き声が聞こえてきて、雨にぬれた草のにおいがただよってくる。マヨちゃんって、こんな所に住んでいるんだなあ。


「そういやよう、真夜子のばあちゃんも、妖怪とか見えるんだよな。てことは父ちゃんや母ちゃんも見えるのか?」

「ううん。お父さんは昔は見えてたらしいんだけど、いつの間にか見えなくなってたって言ってた。お母さんはそう言うの、全然分からないみたい」

「でも父ちゃん、昔は見えてたんだな。やっぱりそう言うのって、親子でにるものなのか? 光太、お前の所はどうなんだ?」

「え、ぼく? そうだねえ、うちのお母さんも、全く見えないかな」


 小さいころは、ぼくが幽霊や妖怪を見て『何かがいる』と口にするたびに、『バカなこと言っちゃいけません』っておこられていた。そのこともあって、ぼくは見える事をあまり人に言わなくなったんだ。それでも時々、ついポロッと口にしてしまう事はあるんだけど。


「それじゃあ、お父さんの方は?」


 今度はマヨちゃんが聞いてきたけど、う~ん、どうなんだろう?


「ごめん、分かんないや」

「え、聞いたこと無いの?」

「うん。お父さん、ぼくが小さいころに死んじゃったから」

「えっ……」


 とたんに足を止めるマヨちゃん。最初に話をしてきた十勝君も、しまったと言う顔をする。そしてそれはぼくも同じ。いけない、こんな事を言ったら気にしてしまいそうなのに、つい口がすべっちゃった。


「あ、全然気にしなくて良いから。もうずいぶん前のことだし、お父さんのことはよく覚えていないから、悲しいとか思わないし」

「覚えて、無いんだ……」


 いけない、ますます悲しい顔をさせてしまった。ぼくは本当に平気だったんだけど、マヨちゃんにしてみれば、気にするなと言う方がむずかしいかも。何て言えば良いか分からずにあせっていると。


「とにかくだ! 光太の父ちゃんだって、見えてたかもしれないんだよな。やっぱそういうのって、生まれつきか、そういう家系じゃないと見えねーのかな?」


 それはしんみりしてしまった空気をふき飛ばすような、の元気の良い声。もしかして、気を使ってくれたのかな?

 すると考えるひまもなく、雨にぬれるのもおかまいなしに、十勝君はぼくのかたに手を回してくる。


「ずりーぞ、お前らばっかり見えて。オレにも見せろよな」


 ええー、そんなこと言われても……

 マヨちゃんと顔を見合わせて、二人そろって、こまった顔になる。


「無茶言わないでよー。あ、でももしどうしても見たいのなら、修行すれば何とかなるかも」

「修行って、いったい何をするんだよ」

「知らない。だってボク、修行なんてしたこと無いもん」


 あっけらかんと言ってのける。マヨちゃん、絶体に何も考えないで言ったよね。とは言えぼくだって、何かわかるわけじゃない。だって気が付いた時には、もう当たり前のように見えていたんだもの。何をすれば見えるようになるかなんて、考えたことも無かった。


「くそー、どうしてお前らは何もしなくても見えるのに、オレは見えねーんだよ」


 自分だけ見えないのがよほどくやしいのか、回していた手をはなして、くやしそうな顔になる。見えても、別に良いことなんて無いのになあ……いや、そうでも無いか。


 ぼくは見えたおかげで、こんな風にマヨちゃんと仲良くなれたんだし。それに十勝君とだって、前はともかく今は上手くやっていけてると思う。もしも見える力が無かったら、こうはならなかったかもしれない。そう考えると、見えて良かったって思える。


 その後なおも「オレも見えるようになりたい」と言う十勝君をなだめてから、ぼく達はふたたび歩き出す。


「なあ、スゲー力を持った霊能者って、この辺にいねーかな?」

「そう都合よくはいないと思うけど、もしいたら弟子入りするの?」

「当たり前だろ。オレだっだらきっと、三日で、卒業できるって」


 その根拠の無い自信はどこからくるんだろう? あ、でも前に木の精のおじいさんの花は見ることができたんだし、もしかしたら案外才能はあるのかもしれない。ぼくもよくはわからないけど。

 するとここでマヨちゃんが、思い付いたように口を開く。


「あ、いるよ。スゴい力を持ってる人」

「え、本当かよ?」

「うん、ボクのおばあちゃん。昔はカッパとお相撲をとって投げ飛ばしたり、人に迷惑をかける悪霊だって、おばあちゃんを前にすると、ふるえ上がって成仏してたって言ってたから、きっとスゴいよ」

「…………」


 ぼくと十勝君は無言で顔を見合わせる。それたしかにスゴそうだ。というか、ぼく達はこれから、そのおばあちゃんを守るために、マヨちゃんの家に行くんだよね。役に立てるのかなあ?


 本当にそんなスゴい人なら、ぼく達がよけいな事をしなくても平気なんじゃないかって思うけど、きっとマヨちゃんはそれでも心配なのだろう。だったらやっぱり、ぼくも力を貸さなくちゃ。

 そして十勝君もビックリしたみたいだったけど、すぐにいつもの調子に戻る。


「真夜子のばあちゃんって、そんなスゲー人なのかよ? だったら弟子入りしたら、オレも見えるようになるかもな」

「どうだろう?修行で見えるようになるものなのかどうかはボクにもよくわからないなあ。けど、やってみてもいいかも。あ、ただね」

「ただ、なんだよ?」

「おばあちゃんすっごくすっごくきびしいと思うから、やるなら覚悟しといた方が良いよ」

「えっ?」


 とたんに十勝君の表情がかたまる。今、『ずっごく』って、二回言ったよね。いったいどれだけきびしいの?


「ええと、それって例えば、どんな事をするんだ?」

「うーん、ボクも修行なんてしたこと無いからわからないけど、おばあちゃんのことだからきっと、朝早くからのジョギングや、毎日家中のぞうきんがけをしなさいって言いそうな気がするかな」

「それって、見えることと関係あるの?」


 ぼくは毎朝のジョギングなんてやってないし、家の掃除はするけどそれらがつながっているとはちょっと思えない。するとマヨちゃんは。


「たぶん無いよ。だけど何かをやろうとするなら、正しい生活をして心をきたえなきゃダメだってよく言ってるから、たぶんそうなるんじゃないかな?」

「ちなみに、もしサボっちまったらその時はどうなるんだ?」

「……聞かない方がいいと思う。おばあちゃん、普段はやさしいけど、おこるとすっごく怖いんだ。だからボクも話したくない」


 そう言うマヨちゃんの顔色は、どことなく悪くて、どうやらこれ以上は聞かない方が良さそうだ。


「それで、どうするの? 十勝君が弟子入りしたいって言うなら、ボクからお願いしてみるけど」

「いや、いい。何かもっと簡単な方法をさがす」


 そんな簡単な方法が、ほいほいあるとは思えないけど、今の話を聞くと、ためらう気持ちはわかる。

 と、そんな話をしながら歩いているうちに、辺りには田んぼや畑が広がってきた。


「ほらあの木。あの木の上に、一昨日黒い影がいたんだよ」


 そう言って指差したけど、今は何もいないし、何も感じない。どうやら近くにはいないみたいだ。


「もしかして、真夜子の家に行ってるのかもな」

「十勝君、不安になるようなこと言うのは止めなよ」

「悪い。けど、考え方によっちゃその方が良いんじゃねーか。家の中で追いつめちまったら、そいつもにげ場ねーからな」


 たしかにそう言う考え方もできるけど、やっぱりあんまりいい気分はしないかも。何にせよ、行ってたしかめてみないことには始まらないんだけどね。


「家まではもうすぐだから」

 ぼくらはマヨちゃんを先頭に歩いていく。やがて畑の向こうに、一軒の木造の家が、すがたを表した。

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