マヨちゃんの家
「九十九君に、十勝君ね。二人とも、ゆっくりしていってね」
連絡も無しに来ちゃったけれど、笑顔でぼく達をむかえてくれたマヨちゃんのお母さん。見た感じ三十歳くらいのキレイな人で、ぼく達をお茶の間に案内してくれて、ジュースをついでくれた。
「真夜子と仲良くしてくれてありがとうね。この子ちょっと変わってるから、新しい学校でうまくやっているか心配だったのよ。今まで一人の友達も連れてこなかったし」
「だから、それはたまたまだって言ってるじゃない。学校にはたくさん友達がいるよ」
お母さんの言葉に、不満そうなマヨちゃん。けどたしかに、お母さんが心配するようなことはない。マヨちゃんはぼくよりも、ずっと友達が多いんだから。
「大丈夫ですよ。マヨちゃんはクラスの人気者ですから」
「あら、そうなの?けどこの子、時々おかしなこと言うからねえ。変なモノを見たとか、声が聞こえたとか」
それはもしかしなくても、妖怪や幽霊のことを言っているのだろう。どうやらお母さんはマヨちゃんが見えるという事を知らない、または信じていないみたいだ。
無理もないか。マヨちゃんのお母さんは、
そう言うものは見えないって言っていたし。ぼくのお母さんだって、何度言っても分かってくれなかったし。
信じてもらえないのは少しさみしいけれど、そう言うものなんだって、ちゃんと分かってる。
やがてマヨちゃんのお母さんは奥へと引っこんで、ぼく達三人だけになった。
「真夜子の母ちゃん、本当に幽霊とか妖怪の事を信じてないんだな」
「うん。お母さんはふつうの人だから。だからボクもお母さんの前では、見える話はしないようにしてるんだ。そう言う話ができるのは、家族ではおばあちゃんだけかな」
「そう言えば、そのおばあちゃんは、今どうしてるの? 家にいる?」
マヨちゃんはよく、おばあちゃんの事を楽しそうに話してくれるし、いったいどんな人なのか気になる。出来れば会ってあいさつをしたいけど。
「ごめん、おばあちゃん今出かけてるんだって。夕方には帰るみたいだけど」
「何だよ。それじゃあ例の影のヤツも、今日は来ないんじゃないのか?」
十勝君はそう言ったけど、そうとは限らないかも。影はもしかしたら、おばあちゃんが出かけた事を知らないかもしれない。となるとここで待っていれば、もしかしたらいずれやって来るかも。
「やっぱり、少し待った方が良いよ。もし来なかったとしても、それならもうこの家にはより付かないって事かもしれないから、それはそれで良いんだし」
「そうだね。けどそれじゃあ、何をして待っていようか?トランプなら持ってるけど」
「お、良いな。ババぬきしようぜババぬき」
ババぬきかあ。何となくだけど、マヨちゃんはこういう勝負に弱いイメージがある。思っている事がすぐ顔にでちゃから、ポーカーフェイスが全くできないんじゃないかなあ? ちょっと気になるから、トランプはしたいとは思う。だけど。
「二人とも。トランプもいいけど、宿題はしなくていいの?漢字の書き取り、やらなきゃいけないでしょ」
「「ええーっ」」
とっても不満そうな声をあげて、ジトッとした目でこっちを見る、マヨちゃんと十勝君。
そんなうらめしそうな顔で見られてもこまるよ。別にぼくが宿題を出したわけじゃ無いんだし。
「お前なあ、こういう時は宿題なんてわすれて遊ばなきゃいけないって決まってるだろ」
「でも、今回は漢字の書き取りだよ。いつもみたいに朝授業が始まる前にやろうにも、時間がかかっちゃうよ。だったら今のうちにやっといた方が良いんじゃないの?」
「そりゃそうかもしれねーけどよ。なあ真夜子」
「うーん。でもたしかにコウくんの言う通り、朝やろうとしても間に合わないかも。分かった、今からやろう」
「何でそうなるんだよ⁉」
てっきりマヨちゃんは味方してくれるって思っていたのだろうけど、まさかのうら切りにあって、しょんぼりした様子の十勝君。そんなに落ちこまないでよ、宿題をやるだけなんだから。
「ちょっとだけがんばろうよ。宿題が終わったら、いくらでも遊べるんだしさ」
「しょうがねーな。ちょっとだけがんばってやるよ」
しぶしぶと言った様子でランドセルからノートを取り出す。
そうして書き取りを始めたけれど、ぼくはとマヨちゃんは一文字一文字をていねいに書いているのに対して、十勝君は一文字をわざと大きく書いて、早く一列をうめる作戦を取っている。それ自体は別に良いんだけど、だんだんと字が汚くなってきて、ページの四分の三がうまったころには何て書いてあるのか読めなくなってきた。
「これって良いのかなあ。せっかく書いたのに、読めないって先生におこられたりしないかな?」
「別にいいだろ。これは字がへたなんじゃなくて、『たっぴつ』って言うんだ。字のうまい習字の先生が、時々読めないようフニャフニャしたな字を書くだろ」
「ああ、あるある。おばあちゃんの書く字も『たっぴつ』だから、読めないことが多いんだよね。けど、それがヘタな字だとは思わないもの」
「だろ。だったらオレが『たっぴつ』で書いたって、別に良いだろ?」
「うん、十勝君頭良いね」
二人はそんな事を言っても笑っているけど、本当に大丈夫かなあ? ただの言いわけみたいに聞こえるけど。そもそも二人とも、『達筆』って言うのはフニャフニャした字のことじゃないから。字が上手って意味だって、ちゃんと分っているのかな?
そうしているうちに宿題が終わって、マヨちゃんのお母さんが用意してくれたおやつのクッキーを食べて、トランプで遊んで。
思った通りマヨちゃんは思ったことがすぐに顔に出ちゃってたけど、それは十勝君も同じで。おかげでぼくは、何度やっても一ぬけだった。
それでもマヨちゃんも十勝君も、次は絶対に勝つって言って、何度もゲームをくり返した。
だけどこの時でぼく達は、何のためにマヨちゃんの家に来たかを、わすれかけていた。だっておかしな事なんて何も起きないし、本当にただ友達の家に遊びに来ただけみたいに思っていたんだ。だけど。
ババぬき、七ならべ、そして神経衰弱が終わって、次は何で遊ぶか話していたけど。その時、それは突然やって来た。
「―—ッ!」
「―—ひっ!」
何だろう。ぼくはいきなり、ヒヤリとした感覚におそわれた。
するとほぼ同じタイミングで、ぼくとマヨちゃんが声にならない声を上げる。そしてトランプのカードを集めていた十勝君も、そんなぼく達を見て何かを感じたみたい。
「どうした、何かあったのか? まさか……」
そう、そのまさか。ぼくとマヨちゃんは声をそろえて、今感じた事を口にする。
「ヒヤリってした!」
「ゾワゾワーってした!」
……ごめん、声をそろえる事は出来なかったよ。そう言えばさっき、『ヒヤリ』や『ゾワゾワ』については、さんざん話してたっけ。
けど、たぶんマヨちゃんも、ぼくと思っている事は同じはず。きっとマヨちゃんの言っていた、黒い影って奴が、近くまで来てるんだ。
「マヨちゃんも、感じたんだよね」
「うん、すぐ近くにいるはずだよ」
するとちゃんとは説明していなくても、十勝君にもだいたいの事は伝わったみたいで、目をするどくとがらせながら、部屋の中を見回し始めた。
「おい、その影の野郎は、この部屋の中にいるのか?」
「ううん。すがたは見えないけど、気配は感じるもしかしたら、家の中に入って来てるのかも?」
それにしても、ただ近くに来ただけでこんなにもイヤな感じかするだなんて。きっとその影は、スゴい力を持っているにちがいない。もしかしてぼく達は、とんでもない奴を相手にしようとしてるのかも?
これはよく考えて動かないと、危ないかもしれない。なのに……
「よし、近くにいるなら、早いとこさがしてみようぜ」
「えっ? ちょっと、十勝君⁉」
十勝君はぼくが止めるのも聞かずに部屋を飛び出して行ってしまった。そんな、よく考えて動かなきゃって、思ったばかりなのに。しかも十勝君じゃ、行っても影がどこにいるのか分からないよね。
「コウくん、ボク達も行こう」
「う、うん」
マヨちゃんに急かされて、ぼくも部屋を出る。このまま十勝君を放っておくわけにも、行かないもの。
そうして廊下に出たぼく達は、十勝君の後を追って行った。
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