人食い自販機のうわさ
6月のある朝
6月のある朝、ホームルームが始まる前の教室で、ぼくは図書室から借りた本を読んでいた。
外は雨がふっていて、グラウンドで遊ぶ子のすがたは、もちろん無い。
雨の日は苦手だ。ぼくの
……ごめん、ちょっとウソをついた。雨がふっているかどうかに関わらず、ぼくはいつも大人しくすごしているんだった。外で体を動かすのは、苦手だから。
ホームルームが始まるまでは、こんな風に本を読んだり、何もせずにボーッとしていることが多かった。だれかに声をかけることも、かけられることも、あまりなかったから。少し前までは、ね。
「おーい、光太ー!」
ぼくをよぶ声が聞こえてきたから、本を読むのを止めて顔を上げる。声のした教室の入り口に目を向けると、そこには十勝君のすがたがあった。
梅雨のジメジメにも負けないツンツンとした頭と元気のよさは、今日も
「何だ光太、また朝から本なんて読んでるのか? なになに、『動物との付き合い方』? こんなの読んで楽しいのか?」
「うん、けっこう面白いよ。犬にかまれた時にどうすれば良いかや、上げてはいけないゴハンなんかが書いてあって勉強に……」
「あー、そういうのいいや。それよりだな」
自分から話をふってきたのに、すぐに
「宿題見せてくれよ」
ああ、やっぱりそれが目的だったんだ。朝こんな風に声をかけられる時は、たいてい宿題の
昨日は算数の宿題が出ていたけど、どうやら十勝君はやるのをわすれていたみたい。いや、もしかしたら初めから、ぼくの答えを写すつもりだったのかもしれないけど。十勝君、算数苦手だからなあ。
「見せるのはいいけど、
「だからお前に
たしかに苦手じゃないと思うけど、それでも
「もし前みたいに間ちがえてたら……」
「平気だって。この前まちがえたんだから、今日は気をつけてといたんだろ。お前はまちがいをくり返さないヤツなんだから、もっと自信を持てって」
信用されてるって、思って良いのかな? でも、ほめてくれるのはうれしいけど、宿題写しながら言われてもどう反応して良いのかわからない。
まあいいか。先生に見つからないうちに、早く写してもらおう。だけどそんなぼくたちに、近づいてくる子が一人。
「こらー、十勝君!またコウ君の宿題写してるでしょー!」
サラサラとしたショートカットの
どうやらマヨちゃんのキレイな
「コウ君もコウ君だよ。そんな簡単に写させてたら、十勝君のためにならないでしょ」
「ご、ごめん」
ぼくまでおこられてしまって、急いであやまる。十勝君もバツの悪そうな顔をして、宿題を写す手を止めた。
そうだよね、あんまり写させてばかりだと、ためにならないよね。反省しなくちゃ。
「ああっ、もう。自分でやればいいんだろ」
「ごめんね十勝君。分からない所があったら、ぼくが
丸写しはよくないけど、これくらいなら別に良いよね? だけどなぜかその一言で、マヨちゃんの
「本当、コウくん。分からない所、教えてくれるの?」
「そのつもりだけど。もしかして、それもいけなかった?」
「ううん、そんな事ないよ。教え会うのは大事だものね。ところで……実はボクも、
マヨちゃんが出してきたのは、空白部分の残った宿題のプリントだった。
えっ、さっきはあんなこと言ってたのに、マヨちゃんも終わってないの?
「おい、結局やることはオレと同じじゃねーか」
「ちがうもん。ボクは最初から、丸写しなんてしなんてするつもりなかったもん」
「でもよう、写した方が早いだろ。モタモタ
「えっ、ぼく?」
どうしよう。たしかに二人に教えるのは時間がかかりそうだけど、写すのはダメだってマヨちゃんに言われたばかりだし。それに十勝君、なんだかんだ言って、結局写して楽しようって思うってない?
「ダメだよ、ちょっとは自分でがんばらなきゃ」
「バカ、それで間に合わなかったらどうするんだ」
「バカって何さー」
言い争う十勝君とマヨちゃん。いけない、このままだとケンカを始めそう。それよりも先に、宿題をしなくちゃいけないのに。
「二人とも、しゃべってるひまがあったら手を動かして。でなきゃ手伝ってあげないよ!」
「ええっ、それはないだろ⁉」
「ごめんねコウくん。ほら、十勝君も早く
「ちっ、分かったよ。けど、もう時間も無いし、写した所はそのままで良いだろ」
十勝君はしぶしぶだったけど、ようやくやる気になってくれたみたいで、マヨちゃんといっしょに問題を
「テレビ見だして宿題わすれるだなんて、真夜子はドジだなあ」
「むうー、一問も
「二人とも、それより早く問題を
チャイムが鳴るまであと3分。果たしてちゃんと終わるだろうか?
こんな風にぼくが二人の宿題を手伝うのも、最近ではすっかりおなじみの光景になりっている。
先月、木の
マヨちゃんと十勝君は、たまにケンカもするけどね。十勝君、マヨちゃんのことが好きなら、もっとやさしくしてあげればいいのに。
もっともマヨちゃんの方は、十勝君の気持ちには全然気付いてなさそうだけど。というより、好きな人とか
「コウ君、ここの答えって、これでいいんだっけ?」
「ええと、これはね……」
答え合わせをしながら、朝の時間はすぎていく。
ちょっと前までは声をかけることも、かけられることも無かったけれど、今はこうしてマヨちゃんや十勝君がいる。たったそれだけのことが、ぼくにはとてもうれしく思えた。
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