加藤さんの願い事
「見て、これが噂の、おまじないノートだよ」
「わあ、本当にあったんだ。よーし、リョウくんが私のことを好きになってくれますようにって書いちゃおう」
「私は、今度のテストで100点を取れますように、かな。100点取ったら前から欲しかった服を買ってくれるって、お母さんが約束してくれたの」
雨の降る中、お地蔵様の前に置かれたノートに楽し気な様子で手を伸ばしているのは、三年生の女の子達。
傘をさした僕とマヨちゃんと十勝君、それにチョコを抱えた照恵さんは少し離れた所から、その様子を見ていた。
「ああ、これですよ。私が望んでいた光景は。こんな風にピュアな願い事を、たくさん書いてほしかったんです。うう、もう無理だと諦めていたのに、まさかこんな日が来るだなんて……」
よほど嬉しいのか、照恵さんは目にうっすらと涙を浮かべている。
僕達がノートの正しい噂を流してから一週間。おまじないノートの噂は僕らのクラスのみならず、別の学年にも伝わっていて、雨の日には沢山の子達が、お地蔵様を訪れるようになっていた。
「思った以上に効果あったな。へへ、これも俺のおかげだな」
得意げになる十勝君。
確かにこう言うのもなんだけど、成績がイマイチな十勝君が100点を取れたと言うのは、良い宣伝になったに違いない。
「十勝君、自分一人の手柄みたいに言わないでよ。ボクだって頑張ったんだし、コウ君が勉強を見てくれたから、100点取れたんじゃない」
「そんなこと分かってるよ。けどさあ、今回一番頑張ったのは、どう考えても俺じゃねーか」
「うん、そうだね。そう言えば来週にはまた小テストをするって先生が言ってたけど、勉強は続けてる?」
今回の事でやればできるって分かったんだから、ちゃんと勉強したらまた良い点が取れるかも。
だけど当の十勝君は、キョトンとした様子。
「小テスト? そう言えばそんなこと言ってたような……まあ良いじゃねーか。もうノートの噂はどうにかなったんだし」
それって、全然勉強して無いって事? この前はあんなに頑張ったのに?
「相変わらず調子がいいんだから。ボクはちゃんと、次も頑張るよ。そうだ、また良い点が取れるように、おまじないノートに書いておこうかな。照恵さん、同じお願いを何度書いても良いんだよね?」
「どうぞどうぞ。好きなだけ書いていって下さい。あ、だけどもちろん勉強はしっかりしないと、ご利益はありませんよ。私、自分で頑張らない人は応援しない主義なんです」
「分かってまーす。十勝君じゃあるまいしね」
胸を張って応えるマヨちゃんに、くすくすと笑う照恵さん。
すると照恵さんの声は聞こえない十勝君も、何か言われた事には気付いたみたい。
「俺じゃあるまいしって、どういう事だよ? 真夜子、お前幽霊のねーちゃんと何話した?」
「何でもないよーだ」
「何だよそれ。おい、教えろって!」
二人ともケンカは……まあいいか。十勝君とマヨちゃんなら、後引かないだろうし。
この二人は、ケンカするほど仲が良いって事なんだと思う。
「そう言えば、照恵さんは成仏しなくて大丈夫なんですか? 幽霊が長い間この世にいるって、あまり良い事じゃないですよね」
「ええ、そのはずなんですけど。成仏しようって気が全然起きないんですよ。そもそもどうやって成仏するのかも、よく分からなくて」
「それって、大丈夫なんですか?」
僕は幽霊を見ることは出来るけど、幽霊の仕組みを全てわかっているわけじゃ無い。それでもいつまでも成仏しないでいるのは良い事では無いって、何となくわかけど。
本当にこのままでいいのかなあ……。
「心配無用ニャ」
照恵さんに抱えられていたチョコが、ピンと耳を立ててくる。
「今の照恵ちゃんはただの幽霊じゃニャくて、ノートの守り神みたいものになっちゃってるから。つまりアタシみたいな妖怪と、似たような存在、言わばノートの精なんだニャ。だから普通の幽霊とは、違う理の中にいるのニャ」
チョコの説明では細かい理屈はよく分からなかったけど、つまり成仏しなくても良いってことだよね。
「それじゃあ私は、まだあのノートを見守っていていいって事ですか?」
「その通りニャ」
「願い事を書いてくれた子達を、応援しても良いんですよね?」
「遠慮なくするニャ」
「成仏しなくて良いって事は、時々チョコちゃんをモフりに、朝霧小学校に行ってもいいですか?」
「いい……ちょっと待つニャ! どうしてアタシをモフる気でいるニャ? だいたい照恵ちゃんはモフり方が荒っぽい……うう、言ってるそばから苦しいニャ。ちょ、ちょっと力を緩めるニャ」
感激した照恵さんが、チョコを力いっぱい抱きしめちゃってる。
あの、それじゃあチョコが苦しそうですよ。
「照恵さん、もう少し優しく……って、あれ? マヨちゃん、十勝君、アレを見て」
「どうしたの? って、美春ちゃん?」
僕が指差した先。お地蔵様の傍らには、さっきまでいた女の子達の姿はもう無くて。代わりに傘をさした加藤さんが、ノートを手に取っていた。
「あいつ、何しに来たんだ?」
「そりゃあ、何かお願いがあって来たんじゃないかなあ。おっと、見つかったらいけないね。ちょっと隠れよう」
僕らは電信柱の影に身を隠して、加藤さんの様子を伺う。
別に放っておいても良かったんだけど、皆なんとなく気になってるみたいで、誰も帰ろうって言ったりはしなかった。
ノートのページを開いた加藤さんは、何かを書き込んで。そして元の位置に戻すと、来た時と同じように、雨の中を帰って行った。
「加藤の奴、いったい何を書いたんだ。ちょっと見てみるか」
「ダメだよ、人のお願い事なんて見ちゃ。バレたら怒られるよ」
「良いだろ、ちょっとくらい。本当は真夜子だって見たいんじゃねーの?」
「そ、そんなこと無いよ。こういうのは見るなんて……でも、ちょっとくらいなら」
えっ、マヨちゃんまで乗り気なの?
マヨちゃんはペロッと舌を出して、「ナイショだよ」と、口に指を当てる。さらに。
「どんなお願い事をしたか、アタシも見たいニャ」
「私はこのノートの管理者として、見届ける義務があります」
ええっ、チョコと照恵さんまで。
だけど、気持ちは分かる。だって本当は僕も、気にならない訳じゃないもん。
結局皆してお地蔵様の前にやって来て、十勝君がノートを手に取る。僕も良いのかなあって思いながらも、ついつい一緒になって覗き込むと。
「おっ?」
「これって……」
「まあまあ」
「ふふふ、良かったニャ」
皆が皆声を漏らして、そんな中マヨちゃんははにかみいながら笑みを浮かべる。
それは照れつつも、とても素敵な笑顔。『嬉しい』を表したようなその様子に、照恵さんもつられたみたいに、笑みを零した。
「こういうお願いを待っていたんですよ。けどこのお願いは、私が力を貸さなくても大丈夫そうですね。でしょ、マヨちゃん」
「う、うん。あはは、そうだね」
うん、僕もそう思うよ。
ノートの一番新しいページには加藤さんの字で、こう書かれていた。
『真夜子ちゃんと仲良くなりたい』
呪いのノートの噂 終📓
※今回で更新はいったんお休みして、続きは推敲が終わり次第投稿していきます。
朝霧小学校不思議クラブ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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