花吹雪

 ぼくとマヨちゃんはいったんそれぞれの家にもどり、自転車に乗って駅で合流する。ぼくが着いた時にはすでにマヨちゃんは来ていて、そばにはチョコのすがたもある。どうやら十勝君をまいて、先回りしたみたい。


「さあ、出発進行だニャ」


 ぼくの自転車のカゴに、ヒョイと飛び乗るチョコ。それからぼくらは自転車をこいで、公園へ向かって走って行った。

 着いた時にはもう日がしずみかけていて。ぼく達は自転車を止めて、あの木の所へと向かう。


「おじいさん、まだ元気にしてるかな?」

「きっと大丈夫だいじょうぶだよ。ほら、あそこ!」


 マヨちゃんが指差した先には、太い木のえだに、こしかけるおじいさんがいた。良かった、まだ消えてなかった。

 ホッとしていると、後ろを着いてきてたチョコがピョンと前に出てくる。


「ご隠居いんきょさーん、この子達が話をしたいって言ってるニャー!」



 ご隠居いんきょさんというのは、木のせいのおじいさんのこと。するとおじいさんはえだから飛び下り、フワリと地面に着地する。少しビックリしたけど、どうやらこのおじいさん、相当軽いみたい。精霊せいれいだからかな?

 そんなことを考えていると、おじいさんがじっとこっちを見てくる。


「おお、この間来ていた、ワシのことが見える子達じゃな」

「覚えててくれたの?」

「年はとっても、ボケてはおらんからな。それにお前さん達みたいに見える人間はめずらしいから、わすれたりはせんよ」


 楽しそうな様子で、マヨちゃんに笑いかけるおじいさん。本当にもうすぐ消えてしまうの? こんなすがたを見ていると、とても信じられない。


「あの、この前はぼくらのために、花をさかせてくれてありがとうございました。あの、チョコから……このネコから聞いたんですけど、その……」

「ああ。もしかして、今夜でワシの寿命じゅみょうがなくなるということかの?」


 言いにくそうにするぼくのを見て、おじいさんは何が言いたいかを分かって。って、ちょっと待って!


「えっ、今夜? 今夜にはもう消えちゃうの⁉」


 ぼくとマヨちゃんは顔を見合わせる。

 そんな、もうすぐとは聞いてたけど、今夜だなんて早すぎる。足下に目をやると、チョコもビックリしたように目を開いている。


「アタシも今夜と言うのは初耳だニャ。どうしてもっと早く言ってくれなかったニャ?」

「悪いのう。こんな年よりのために、気を使わせたくなかったんじゃ」

「そんな、どうにかならないんですか?」


 何かのマチガイであってほしい。だけどおじいさんは、首を横にふる。


「こればかりはどうしようも無い。じゃが、ワシは別に悪いこととは思っとらんよ。もうずいぶん長いこと生きたからの。思い残すことなど無い」


 おじいさんは遠い目をして、空を見上げる。


「よちよち歩きの赤んぼうが親になって、そのまた子どもが成長していくすがたを長きにわたって見てきた。その様子が妙に面白くてな。悪く無い人生だったと思っとるよ。それに、な」


 おじいさんはそっと手をのばして、ぼくとマヨちゃんの頭をなでる。


「最後の最後で、ワシのことを見える人間にも出会えた。それも二人も。そればかりかワシのさかせた花を見て、キレイだと言ってくれた。こんなにうれしいことは無いよ。だからもう、思い残す事は無い」


 そうは言うけど、やっぱりさみしく思う。このおじいさんと会うのはこれで二度目だけど、それでもだ。

 するとマヨちゃんが、かたをふるわせながら、めずらしく元気無さげな、だけどハッキリとした声を出す。


「おじいさん、ボクもコウ君も、あの日までおたがいが見えるって知りませんでした。けどあの時花をさかせてくれたから、ボク達はいっしょにそれを見て、友達になれたんです。だから……」


 マヨちゃんは深く頭を下げておじぎをし、ぼくもそれに続く。


「「ありがとうございます!」」


 二人の声がハモって、頭を上げると、おじいさんは幸せそうな笑みをうかべていた。


「そうかそうか。友達になれたのか。それなら、さかせたて良かったよ。どれ、それじゃあ最後に、文字通りもう一花さかせてみるか」


 また花をさかせてくれるの?

 だけどとたんに、チョコが待ったをかけた。


「ちょっと待つニャ! 今花をさかせたら、ご隠居いんきょさんはたちまち消えちゃうニャ! もう力は、ほとんど残ってないニャ!」

「えっ、そうなの? おじいさん、それならさかせちゃダメですよ!」

「そうだよ、消えちゃうんだよ!」


 ぼくらはあわてて止めたけど、おじいさんは笑顔のまま、また首を横にふった。


「どの道放っておいたところで、今夜中には消える。だったらいっそ今花をさかせて、アンタ等に見送られながら消えたいんじゃ」

「でも……」

「たのむ、さかさせてくれ。木という物は、花をさかせてなんぼなんじゃ。ワシの最後の願いじゃ」


 最後の願い……

 おじいさんが消えてしまうと言うのは、やっぱり何度考えても悲しい。だけどそんな風に言われたら、悲しくても「うん」と答えるしかないじゃないか。ぼくは横を向いて、だまったままのマヨちゃんに目を向ける。


「いい……よね?」

「うん……おじいさん、パーっとさかせちゃって。キレイな花をボク達に見せてよ」


 無理をしているのは丸わかりだったけど、その事は口には出さずに。ぼくもおじいさんと木に目をうつす。


「それじゃあ、さかせるとするかの……ふんっ!」


 何か言ったかと思うと、とたんにおじいさんのすがたが見えなくなった。

 もしかして、もう消えちゃったの? いやな予感がしてあせったけど、スグにとなりにいたマヨちゃんが、木の上を指差した。


「ねえ、あれ見てよ」

「えっ……ああっ!」


 思わず息を飲む。葉っぱ一つ無かったはずのその木には、いつの間にか満開の青い花がさいていた。

 それは、この前さかせてもらった花と同じ物。だけど数がちがう。お花見でもできるんじゃないかって思うくらい、キレイな花がいくつも、風にゆられている。


「ご隠居いんきょさん、がんばったニャ。二人にこれを見せたくて、最後の力をふりしぼったニャ」


 そう、これはきっと、あのおじいさんの命によってさいた花達。公園を行き交う人達がさわがないのを見ると、きっとぼく達にしか見えていないのだろう。そもそもこんなすみっこにある木なんて、だれも気に止めていないのかもしれない。

 そう考えると少しさみしいけど、仕方がない。その分ぼく達がこの光景を、目に焼き付けておけばいいんだ。


「キレイだね……」


 右手に立つマヨちゃんがそう言ったかと思うと、ふと右手に温かさを感じて。目をやるとマヨちゃんの手がにぎられていた。

 ぼくもその手をにぎり返して、ふたたび木を見上げる。

 風に飛ばされ、花は少しずつちっていく。そしてそれは花吹雪はなふぶきとなって、ぼく達を包みこんでいく。


 ありがとうおじいさん。おじいさんのことも、花をさかせてくれたことも、絶対ぜったいにわすれません。

 ぼくは心の中で、おじいさんに最後の別れを告げた……

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