おばあちゃんの勝負

「あの、一つ聞いてもいいですか?」


 ぼくはおばあちゃんに近づいて、おずおずとたずねる。


 戦いに決着がついた事で、ようやくおばあちゃんに声をかけることが出来る。今となってはどうでも良い事かもしれないけど、たしかめておきたい事があるのだ。


「何だい? って、アンタは真夜子の友達かい?」

「はい、九十九光太って言います。あの、おばあちゃんはビョウキにねらわれてるって、分かっていたんですか?」


 田んぼの横に正座させられて、小さくなってしまっているビョウキを指差す。さっきからビョウキ相手に、『中々来ない』とか『待ってた』とか言っていたけど、という事は、来るって分かっていたって事だよね。


「ああ、もちろんだよ。そもそもアタシとコイツは、勝負の真っ最中だったのさ」

「勝負? おばあちゃん、ビョウキと知り合いだったの?」


 マヨちゃん、そして十勝君とチョコもこっちによってきて、興味津々な様子で話に加わってくる。おばあちゃんは「まあね」と言った後、何があったのかを語り始めた。


「アタシは最近、コシの調子が悪くてねえ。ちょっと前に町の病院まで行ったのさ。そしたらそこで人をおそおうとしてるコイツと、たまたま出くわしてしまってねえ」


 え、コシの調子が悪かったの? その割にはさっきスゴい動きをしていたけど……いや、余計な事は考えないで、それより続きを聞こう。


「アタシは言ったんだよ。お先短い年よりが、アンタのツメで引っかかれて病気にされたら敵わない。どうか人間をおそうのは止めてくれってね。ところがこいつは、いやだいやだの一点ばりだったのさ」


 おばあちゃんにジロリとにらまれたビョウキが、ビクッと体をふるわせた。


「ダ、だってニンゲンをおそうのガ、ヨウカイとしてのオレのいきかたデ……」

「つべこべ言うんじゃないよ!」

「ハイ……」


「まあそう言うわけでこいつが人間をおそうのは止めないって言うんで、それなら一つ勝負をしてみないかって持ちかけたんだよ。一週間以内にそのツメでアタシを引っかけたらコイツの勝ち、できなかったらアタシの勝ちって勝負をね」


 ええっ、そんな危ない勝負をしていたの? いや、そうでもないか、このおばあちゃんなら。

実際におそってきたビョウキを、コテンパンにのしちゃってたし。だけどこれでようやく謎が解けた。ビョウキがおばあちゃんをおそおうとしていたのは、その勝負のためだったんだ。


「ところで、勝負の前に決めた事は、もちろんわすれてないだろうね。アンタは向こう五十年、人間をおそわないって約束だったよね」


「ウウッ、わかっタ。もうニンゲンはおそわなイ」

「なら良し。約束はしっかり守るんだよ。もしもやぶったりなんかしたら……」

「やぶりませン! ナニがあってモ、マモりまス!」


 ビョウキはぺこぺこと頭を下げた後、元の黒い影のすがたになって、にげるように山の方へと飛んで行ってしまった。きっとよほど、おばあちゃんの事が怖かったのだろう。

あの様子だと、約束はちゃんと守ってくれそう。これでビョウキに人間がおそわれることは無くなったわけだ。少なくとも、五十年の間は。


「ねえおばあちゃん、どうしてわざわざ、五十年にしたの? どうせならこの先ずっと、人間をおそわないようにした方が良かったんじゃないの?」


 マヨちゃんの口にした疑問は、ぼくも思っていた。だけどおばあちゃんは首を横にふる。


「アンタにはまだ難しいかもしれないけど、ビョウキは何も意地悪をしたくて人間を病気にしているわけじゃ無いんだよ。アイツはそうする事でしか生きていけない、ある意味じゃかわいそうなヤツなんだよ」


 それってどういう事?首をかしげていると、おばあちゃんに代わって今度はチョコが口を開く。


「元々ビョウキはその名の通り、人が病を恐れる心から生まれた妖怪ニャ。だから、『なぜ』とか『どうして』とか言う理屈じゃなくて、本能のまま人をおそって病気にさせようとする、習性があるんだニャ」

「それって、マズくない? だったらやっぱり、ずっとおそわないように約束しておいた方が良かったんじゃ?」


 見るとマヨちゃんも十勝君も、コクコクとうなずいている。だけど、やっぱりおばあちゃんだけは言う事がちがう。


「たしかに人間にとってはそっちの方がいいねえ。だけど、アイツはそういう宿命を背負っているんだ。こればかりはどうやっても変えられない。なのにたった一度の勝負で負けたくらいで、一生ガマンして生きていかなきゃいけないのは酷だからねえ。例えばアンタ達だって、一生美味しい物が食べられなくなったりしたらいやだろう?」


 人を病気にするのと、美味しいものを食べるというのを同じように考えるのはどうかと思うけど、言いたい事は何となく分かったかも。人をおそう妖怪でも、おばあちゃんは相手の事もちゃんと考えてやったという事だ。だけど、十勝君は納得がいかない様子。


「で、でもさあ。五十年たつたらビョウキは、また人をおそうんだろ?その時はどうすんだよ?」

「そうだねえ。またアタシが勝負して勝てば早いんだろうけど、さすがに後五十年もは生きられないだろうし」


 そうかなあ? このおばあちゃんなら、もしかしたらって気がするけど。見るとマヨちゃんや十勝君も同じ事を思ったのか、何か言いたげだったけど、結局みんなだまったままだった。


「まあその時はだれかが今のアタシみたいに勝負でもふっかければいいか。アイツも一生禁止はいやでも、勝負に負けるごとに五十年禁止だったらまだ仕方が無いって思えるだろうし」


 そう言って、ビョウキの去った空を見上げるおばあちゃん。だけど五十年後に、同じように勝負を申し込むような人がいるのかなあ?


「それじゃあその時は、ボクがビョウキと勝負する!今回は負けそうになったけど、もっと強くなるから!」


 元気のいい声でそう言うマヨちゃん。たしかにマヨちゃんならがんばれば、このおばあちゃんみたいに強くなれるかもしれない。血のつながった孫だしね。だけど……


 空を見上げていたおばあちゃんはおもむろにふり返り、マヨちゃんを見つめる。そして……


「威勢がいいのはいいけどねえ真夜子。どうしてこんな危ないマネをしたのか、きっちり話してもらうよ!」

「えっ?」


 さっきまで笑っていた、マヨちゃんの顔が引きつる。そしておばあちゃんの表情もけわしくて……

 これはもしかしなくても、おこってる?


 

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