マヨちゃんのおばあちゃん

 もはや打つ手無し。近づいてくるビョウキを前に三人とも……いや、チョコも入れて三人と一匹みんなが、最悪の事態をイメージする。

 いや、それじゃあダメだ。もう勝ち目はないにしても、せめて一人でも多くビョウキからにげないと。だったら……


「マヨちゃん、十勝君、チョコ。ぼくがあいつを引き付けるから、みんなはその間ににげて」

「えっ?」

「おい、何言ってるんだよ。だったらオレが……」


 十勝君はそう言ったけど、ぼくは首を横にふる。


「十勝君じゃあすがたが見えないでしょ。だったらにげ回れるぼくがオトリになったほうがいいよ」

「でも、それならボクだって」

「ううん、マヨちゃんはダメ。あとチョコもね」

「どうしてニャ⁉」


 どうしてってそりゃあ、たしかに二人はぼくよりも走るのが速いから、にげやすいかもしれないけど、女の子なんだもの。オトリにするなんてとてもできない。もしそんな事をしたら、十勝君だってにげようとはしないだろうし。だったらやっぱりここは、ぼくがやるべきなんだろう。


「ヴヴヴゥ……」


 うなり声を上げながら、ビョウキが歩いてくる。もう考えてる時間も無い。ぼくは止めるみんなをふり切って、前へと進む。

 本当はやっぱりとても怖いけど、それでもやらなくちゃ。覚悟を決めたその時。


「やれやれ、なかなか来ないと思ったら、こんなところで遊んでいたのかい」


 えっ、だれ?

 とつぜん聞こえたその声におどろいて、後ろをふりむくと、そこにはいつの間に来たのか、背中をピンとのばした、品の良さそうなおばあさんが立っていた。そして。


「あんたねえ、あんまり年寄りを待たせるもんじゃないよ。こっちだってヒマじゃないんだよ。子供相手に強がってないで、さっさとアタシとの勝負を終わらせな。もっとも、アタシは負けはしないけどね」


 おばあさんが見ているのは、ぼくの先。明らかにビョウキに向かって話しかけている。と言うことはこのおばあさんも、ビョウキのすがたが見えているってことだ。

 そしてぼくと同じ様に十勝君も、いきなり現れたおばあさんに、ポカンとしている。そして十勝君にも見えるってことは、おばあさんは人間だということ。妖怪を見ることができるおばあさんに、ぼくは心当たりがある。もしかして、この人って……


「お、お……」


 みんながビックリしている中、マヨちゃんだけが一人ちがう反応をしている。そしてその口から出てきた言葉は。


「おばあちゃん!」


 あ、やっぱりこの人、マヨちゃんのおばあちゃんだったんだ。見える人なんてそうそういないから、そうじゃないかって思ってたよ。

 けどこれって、マズイかも。なぜかは分からないけど、マヨちゃんの話だとビョウキは、おばあちゃんのことをねらっているみたいだし。それなのにねらわれている本人が来ちゃったら、危なすぎる。


「やっとみつけタ……カクゴ!」


 とたんに、ビョウキの目付きが変わった。

 ビョウキは今までだってぼくらをおそってはいてけれど、きっとそれはまだ、全然本気じゃ無かったのだとおもう。今度はさっきまでとは、勢いがちがう。ただただおばあちゃんをツメで引きさくことだけを考えて、こっちへ向かってくる。


 どうしてこんなに目の敵にするのかは分からないけど、今はそれを考えてる場合じゃない。あんなのにおそわれたら、きっとおばあちゃんはひとたまりも無いだろう。


「おばあちゃん、にげて!」


 今にも泣き出しそうな、マヨちゃんがの声がひびいた。するとおばあちゃんはスッとふり返って、マヨちゃんを見つめ返す。


「真夜子、あんただれに物を言っているんだい?にげろだあ、アタシがこんな大きいだけの毛もくじゃらに、負けるとでも思っているのかい?」

「え? そりゃおおばあちゃんが強いのはわかるけど、相手はスゴく大きくて強いし……それに最近は、体が思うように動かないって」

「たしかに若いときほど自由はきかないね。でもねえ、だからといって見くびるんじゃないよ。いくら弱っているからって、あんなうどの大木みたいなやつは一ひねりさ」

「で、でもやっぱり弱ってはいるんだよね? この間も体の調子が悪いって病院に行ってたし……ああっ、おばあちゃん後ろ!」


 そうだ、のんきに話をしている場合じゃなかった。さっきは待っててくれていたビョウキも、さすがにガマンの限界だったらしい。おばあちゃんのすぐ後ろにまでせまっていて、その大きな腕をふり上げてくる。けど……


「やれやれ、孫と話もさせてくれないとは、せっかちだねえ」


 ビョウキが見えているはずのおばあちゃんはなぜかあわてる様子もなく、ゆっくりとふり返る。ダメだ、今からにげても間に合わない。やられちゃう!

 思わず手で目をふさごうとしその時。


「せいっ!」


 大きなかけ声と共に、おばあちゃんの手が円をかいた。すると……


「ええっ!?」

「なんだ? まさかばあちゃん、やられちまったのか?」

「ううん、そうじゃないんだけど……」


 十勝君の質問に、上手く答えることができなかった。だって目の前で起きた出来事は、簡単には信じられなかったんだもん。


「十勝君……おばあちゃんが手を回したのは見えたよね?」

「ああ、なんかこう、クルッて動かしてたな」

「そしたらおそってきてたビョウキの体が一回転して、地面にたたき付けられちゃった」

「は⁉」


 おどろいたように声を上げる十勝君。だけどきっと、ぼくとマヨちゃんの方が、よっぽどおどろいている。だってこの目で、ビョウキを投げ飛ばす所を見たんだから。


「ウソだろ? だってお前らの話だと、ビョウキってスゲーでかい鬼なんだろ?」


 うん、見たところビョウキは、二メートルをこえている。けど、本当にひっくり返されてしまったのだから仕方が無い。すると目を丸くするぼくに、マヨちゃんが教えてくれる。


「あれはたぶん、合気道の技だよ。おばあちゃん昔、合気道やってたって言ってたもん」

「で、でも。いくら昔やってたからって、あんな大きな相手を投げられるものなの?」


 さっき見た光景が、未だに信じられない。だけどおばあちゃんはおどろいているぼくらをよそに、顔色一つ変えず、倒れてしまったビョウキを見下ろしている。


「どうだい、実力の違いが分かったかい?この勝負、アタシの勝ちってことでいいかね?」


 おばあちゃんの勝利、それはぼくたちから見ても明らかだった。だけど、ビョウキは、まだあきらめてはいなかった。


「マダ……まだダ!」


 大きな体体を起こすと、さっきと同じようにおばあちゃんに向かって手をふり上げる。だけど。


「こりないねえ。ほれっ!」

「グヴァ⁉」


 まるでさっきの再現をしたみたいに、もう一度地面に倒れるビョウキ。でもよほど負けるのがいやなのか、また立ち上がってくる。だけど……


「威勢のいいやつは、キライじゃないよ。それっ!」

「ワアッ!」

「どうした、もうおしまいかい?」

「まだまダ……ギャアアァ!」


 なんだか気の毒に思ってしまうくらいに、何度も何度も投げられるビョウキ。もうよせばいいって思うけど、いっこうに降参しない。だけどおばあちゃんも、一切手加減すること無く、立ち上がってくる度に投げ飛ばす。


「マ、マヨちゃん。あれが君のおばあちゃんニャ? あれなら別にアタシ達が動かなくてもよかったんじゃないのニャ?」

「で、でもでも、本当に動きがニブくなってきたって言ってたんだよ」

「どこがだよ、キレキレじゃねーか。あれって、ビョウキをぶん投げてるんだろ。ばあちゃん強すぎだろ」


 一体どうして、マヨちゃんは心配したのだろう? おばあちゃんはそう思ってしまうくらいに強くて。ここまでくると、何度も投げられるビョウキがかわいそうになってくる。


 そうして投げられた回数が十をこえたころ、ついにビョウキが降参してきた。


「マ……マイッタ!」


 うつぶせになって倒れるビョウキ。おばあちゃんはそんなビョウキを見下ろしながら「やっぱり、体が思うように動かないねえ。もっと早く終わらせるつもりだったのに」と、意味不明な事を言っている。


 ぼく達はその強さに圧倒されながら、何も言わずに顔を見合わせていた。

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