はられたお札

「チョコ、早くにげて!」

「わかつてるニャ。けど、にげてばっかりじゃ勝てないニャ。マヨちゃん、スキを見てコイツに、お札をはるニャ!」

「分かった!」


 ズボンのポケットからお札を取り出して、いつでも動けるようにするマヨちゃん。だけど、あの走り回るビョウキに、無暗に近づくのは危ない。そうなると……


「十勝君、ビョウキは今、チョコのすぐ後ろを走ってる! 石をぶつけて、こっちに引き付けて!」

「よしきた!」


 すぐに集めていた石を投げ始める十勝君。もちろんビョウキのすがたが見えていないから、投げる方向は当てずっぽう。チョコの後ろにいると言う言葉だけを頼りに、チョコには当たらないよう注意しながら、投げ続ける。だけどビョウキの体が大きかったことが幸いして、投げたうちのいくつかが、たまたま当たった。


 でたらめに投げても、案外当たるものなんだね。ってそんな事を考えている場合じゃない。

 ビョウキは足を止めて、ギロリとこっちを。にらんでくる。


 うう、怖い。だけどここで弱気になってはいけない。ぼくは落ちていた木の枝を拾って、ビョウキに向かって構えた。


「こ、こい! ぼくが相手だ!」


 足がふるえてたけど、何とか声を上げてみる。これはここに来る前に、みんなで考えた作戦なんだ。ぼくと十勝君でビョウキの気をそらして、スキをついてマヨちゃんがお札をはるって。

 だから怖くても、勇気を出してがんばらないと、作戦は台無しになっちゃう。


「ガアアアアアァァァァァッ!」


 案の定ビョウキは、方向を変えてこっちへ向かってくる。そしてあっという間に目の前までやってくると、右手を大きくふり上げた。


 にげなくちゃ。そう思ったのに、不思議と足が動かない。マズい、このままじゃやられちゃう。そう思ったその時。


「コウ君、しゃがんで!」


 目はビョウキに向いていたけど、マヨちゃんのさけぶ声は、たしかに声が耳にとどいた。すると、さっきまで固まっていた足が動いて、その場にしゃがむ……と言うより、こしを抜かしたみたいに、くずれ落ちちゃった。

 けど、結果オーライ。そのおかげでビョウキのするどいツメは空を切って、ぼくは難をのがれることが出来た。


「オノレ、ちょこまかト」


 攻撃が外れて、おこった様子の病鬼。そしてそこでできたスキを、にがすマヨちゃんじゃなかった。ビョウキがぼく達に気をとられている間に、後ろに回りこんでいたのだ。

 その右手にあるのは、チョコからわたされたお札。マヨちゃんはそれを大きくふり上げて……


「ええと、悪い妖怪タイサーン!」


 ちょっぴりしまりの無い声をあげて、ビョウキの背中に、バンとお札をはり付ける。よし、作戦成功だ。マヨちゃんはぴょんと後ろにはねると、ビョウキを指差して声を上げる。


「さあ、これでボク達の勝ちだね。どう、苦しい? もう悪さをしないって約束したら、そのお札を取ってあげるよ」


 得意げな様子のマヨちゃん。その態度を見て十勝君も、作戦が成功したのだと分かり、「よし」とガッツポーズをとる。


 良かった。とちゅう危ない場面もあったけど、何とかなった……


「……オフダって、セナカにはられたコレのことカ?」


 何とかなったはずだったのに……これはどういう事だろう? 確かにお札をはったのに、ビョウキは頭にハテナをうかべながら、首を傾げている。

 あ、あれ? おかしいな。たしかチョコの話ではお札がはられたら苦しむって言ってたけど、何だかピンピンしているような気が……

 今は背中のお札をはがそうと手を後ろにのばしているけど、上手くとどかないみたいで苦労している。だけどそれだけ。全然苦しんでいるようには見えない。

 これにはマヨちゃんもおかしいって思ったみたいで、そばにやって来たチョコに、慌てた様子で声をかけている。


「ちょ、ちょっとチョコ。どうなってるの? ちゃんとお札をはったのに全然聞いてないみたいだよ!」

「お、おかしいニャ? 悪い妖怪があのお札をはられたら、ふつうは立っていられないはずなのに」


 そうは言っても、ビョウキは顔色一つ変えてないし……あ、ようやく背中のお札に手が届いて、はがされちゃった。何だかバンソウコウを取るみたいに簡単に取っちゃったけど、これってやっぱり、きいてないよね?


「なんだコレハ? オマエたち、いったいナニがしたかったんダ?」

「ええと……タ、タイム!そのお札、ちょっとかして!」

「ン? べつにいいゾ」


 ビョウキは意外にも、あっさりとお札を渡してくれた。それは良かったんだけど、やっぱり全然効果無いじゃない。返してもらったお札を手に、みんなで集まって、ひそひそと相談を始める。


「おい、いったい何があったんだよ?」

「それが、お札をはったまでは良かったんだけど、なぜか全然効かなかったんだよ」

「はあ? そのお札をはれば勝てるって、言ってたじゃねーかよ。どうなってるんだ?」


 そんなのぼくが聞きたいよ。するとマヨちゃんは「かして」と言ってぼくの持っていたお札を手に取り、チョコにたずねる。


「チョコ、これって本当にありがたいお札なの?」

「そのはずニャンだけど、ちょっと見せてみるニャ……ニャニャ⁉」

「なに、どうしたの?」

「い、いやー、それがニャー……」


 何かを言いかけて、そっと目線をそらすチョコ。あ、何だかとっても、いやな予感がする。


「このお札、たしかにえらいお坊さんが書いた、悪い妖怪をやっつけるお札ニャンだけど、何分古くて……よく見たらシミやヨゴレがたくさんあって、文字が読めなくなってるニャ」

「ねえ、いちおう聞くけど、文字が読めなくなっていたら、そのきき目は……」

「全く無いニャ。そもそもこのお札は、文字にこめられた霊力によって力が出るんだニャ。だけど文字がつぶれて読めなくなってるから、力が出せないのニャ」

「それって、たった一つの武器が使えなかったって事じゃない⁉ 何やってるのさ、チョコのバカ―!」

「ご、ごめんニャ」


 マヨちゃんにおこられて、シュンとシッポをたらしてしまうチョコ。それじゃあ他に、何か手は無いの?


「だ、大丈夫にゃ。アタシにはこのお札以外にも、たくさんのコレクションがあるニャ。そいつを使えば……」

「チョコ、そのコレクションって言うのは、いったいどこにあるの?」

「もちろん体育館の床下ニャ」

「それをどうやって使えって言うの⁉ 今から取りに行ってたんじゃ、絶対に間に合わないじゃない!」


 今にも頭をかかえだしそうなマヨちゃん。

 そしてそうしているうちに、さらに大変な事が起こる。ビョウキはさっきまで、ぼくの言った『タイム』を、ちゃんと守ってくれていたんだけど。あんまり待たせてたもんだから、ついにガマンの限界が来たみたい。


「……もうイイカ? いいかげんまちくたびれタ」

「も、もうちょっとだけ」

「イイヤ、もうまてなイ。オマエたちゼンイン、やっつけル」


 そんな。でもビョウキの言いたい事も分かる。元々こっちがケンカを売ったのに、勝手にストップしてたんだ。今まで待っててくれたのだって、ありがたいくらいだ。


 どうしよう? たくさん待たされたせいか、ビョウキはおこっているみたいだし。

 あせっていると今度は、ビョウキの姿が見えずに、声も聞こえない十勝君が、引きつった顔をしながら、ぼくの肩をつついてきた。


「なあ、オレでも何となく、ピンチだってことは分かるんだけどよ。どれくらいピンチなんだ?」

「ええと、例えるなら……悪い怪人が現れたけど、ベルトを家にわすれてきちゃって、変身できないヒーローくらいにピンチかも」

「ダメじゃねーか! そんなんでどうやって勝つんだよ⁉」


 そう、これはもう、勝ち目がないかもしれない。

 こんなことならやっぱり、最初から話し合いをすればよかった。だけど後悔してももう遅い。待つのを止めたビョウキは一歩ずつ、ぼくらの方へと近づいて来きていた。

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