女子達のルール

『光太、サッカーするんだけど、お前もやるか? ん、足引っ張るからいいって。そんなの気にするなって。俺と同じチームに入れよ。たまには体動かした方が、気持ちいいぞ』


 同じクラスだった頃、こんな感じで運動が苦手な僕をサッカーに誘ってくれてた真田君。

 特別仲が良かった訳じゃなく、いつも一人でいる僕を気にかけて時々声をかけてくれたって感じだったけど、構ってくれるのが嬉しかった。

 そんな真田君とマヨちゃんが付き合う? それなら、友達としておめでとうって言わなきゃいけないんだろうけど、うーん……。



 十勝君が言ってた、もう遊べなくなるって言葉が胸に響く。

 昼休み仲よさげにしていた二人。だけどもしくっついちゃったら、本当に今までみたいにはいられなくなるのかなあ?


 その事がずっと気がかりで、授業にも集中できずに、気が付けば帰りの会も終わっていて。

 そっとマヨちゃんの席に目を向けると、向こうも丁度僕を見ていたのか、パチリと目が合った。


「コウ君コウ君」


 途端に無邪気な笑顔で、こっちにやって来るマヨちゃん。その様子は、いつもと何ら変わりなくて。

 抱いていた不安なんて感じさせないにこやかな笑顔に、僕は少し戸惑った。


「どうしたの、ボーッとして?」

「ええと。雨、中々やまないなって思って」

「ああ、本当だね。毎日雨ばっかりで嫌になるよね。これじゃあ外で遊べないよ」

「う、うん。十勝君も同じこと言ってた」

「誰だってそう思うよ。あーあ、これじゃあ今日も、チョコは来ていないんだろうなあ。寂しいなあ、もう何日も会えてないんだもん」


 チョコかあ。そう言えば、最後に会ったのはいつだったっけ?


 放課後によく、体育館の裏に出没するネコマタのチョコ。だけど雨の日は例外なんだよね。

 濡れるのが嫌みたいで、今日みたいな天気の時は、どこか屋根のある所で雨宿りをしているんだって。

 だから最近は会えない日が続いていて、確かに寂しいなあ。


 雨の降るグラウンドに目をやりながら、そんな事を考えていると……。


「真夜子ちゃん、ちょっといいかな?」


 突然そんな声がして、僕とマヨちゃんは一緒になって振り返る。

 するとそこには数人の女子が立っていたんだけど……何だか、空気重くない?


 気のせいかな? 集まった女子達は皆、マヨちゃんの事を睨んでいるように見えるんだけど。


「何々ー、どうしたのー?」


 僕の心配をよそに、いつも通りの明るい声で返事をするマヨちゃん。どうやら重たい空気にも鋭い視線にも、全く気付いていないみたいだけど……。

 すると集まっていた中の一人、加藤美春さんが前に出てくる。


 ボブカットで、気の強そうなつり目が特長の加藤さん。

 そして実際に勝ち気な性格で、普段からグループの中心にいるような子だけど。そんな加藤さんはジトッとした目をマヨちゃんに向けながら、不機嫌そうに口を開いた。


「真夜子ちゃん。昼休みに真田君に、誕生日プレゼントを渡してたよね?」


 その言葉に、マヨちゃんよりも僕の方がドキッとする。

 真田君のことは僕も気になってたけど、こんな風に話に上がるだなんて思わなかった。だけど当のマヨちゃんは。


「誕生日プレゼント? ううん、渡してないけど」


 首をかしげながら、頭にハテナを浮かべている。

 あれ、でも確かに、真田君に何かを渡していたよね? 僕も十勝君も見てたし。

 僕は疑問に思ったけど、加藤さん達の反応はそんな穏やかなものじゃなかった。


「嘘つかないでよ。ちゃんと見たって人がいるんだから!」

「酷いよ、抜け駆けするだなんて!」


 咳を切ったようにぶつけられる非難の言葉。これにはマヨちゃんも驚いたみたいで、慌てたように口を挟む。


「ちょっ、ちょっと待ってよ。ボクは本当にあげてないってば。だいたい、今日って真田君の誕生日だったの?」

「とぼけないで! 真田君に個別に誕生日プレゼントを渡しちゃいけないってルール、知らなかった訳じゃないでしょ!」

「ええと……ごめん、何それ?」


 本当にわからないといった様子のマヨちゃん。僕もそんなルールがあるなんて、初めて聞いたけど。


「……どうやら女子の間では、有名なルールらしいぞ」

「わっ、十勝君⁉」


 今まで全く気づいてなかったけど、いつの間に来たのだろう。

 すぐ後ろに十勝君が立っていて。そしてなぜか、顔色が悪かった。


「あ、十勝君。ねえ、プレゼントしちゃダメってどういうこと?」

「真田はモテるからな。別個にプレゼントなんてしたら量が増えて大変だろうから、希望者は集まって共同でプレゼントを送るっていう決まりだそうだ」

「ああ、真田君格好いいもんね」

「べ、別に。あんな奴、大したことねーだろ!」


 反射的にそう返した十勝君だったけど、それがいけなかった。


「何よアンタ、真田君のことを悪く言うつもり⁉」

「いや、そう言うわけじゃ……悪い、今のは言いすぎた」


 加藤さんに睨まれて、あっさり引き下がっちゃった。

 けど無理も無い。だってヘタをしたら加藤さんだけじゃなくて、集まってる女子全員を敵に回しかねないんだもの。僕だってすぐに謝るよ。


「それとだな、これは抜け駆け防止のためのルールでもあるんだってよ。皆の許可無くプレゼントを渡すのは、ズルいとかなんとか。で、破った奴にはキツーイ罰がある……女って怖えな」


 最後にボソッと呟いた一言には、激しくも同感。マヨちゃんも「何それー」と顔をしかめている。プレゼントを渡したいなら、自由に渡せばいいのにって思うけど、どうやらそれは許されないみたい。


 それにしても、十勝君やたら詳しいなあ。女子のルールや事情なんて、男子は知らないのが当たり前だけど、こんな情報どこで聞いたんだろう?

 こんなプレゼント事情を知っていたのなら、昼休みに話しててもおかしくなさそうなんだけどな……いや、まてよ。


「ねえ十勝君、その話誰から聞いたの?」

「……加藤から」


 マヨちゃんに聞こえないようそっと尋ねたけど、そんな僕から目を逸らす十勝君。答えてはくれたけど、その声に普段の覇気は無い。


「いつ、どういう経緯で?」

「それがよ、真夜子が真田の奴に何プレゼントしたか気になって、探りをいれてみたんだ。加藤、前から真田にぞっこんだったから、聞けば何かわかるんじゃないかって思って。真夜子が真田に何プレゼントしたか知らないかー、ってな」


 ちょっ、ちょっと待って。それじゃあ加藤さん達が怒ってるのって、十勝君が喋っちゃったせいなの⁉


「十勝君、何やってるの⁉」

「悪い、つい口が滑っちまった」


 つい、じゃないよ。

 さっき加藤さんは、プレゼントを渡しているのを見た人がいるって言っていたけど、それって十勝君のことだったんだ。


「どうするのさ、お陰で大変なことになっちゃったよ」

「言っちまったもんはしかたねーだろ。俺も気になったからこうして、様子を見に来てやったんだよ。けど……どうする、この始末?」


 どうするって言われても……。そんなの、僕が聞きたいよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る