人食い自販機との戦い

 ただコーラを取り出すだけのはずだったのに。

 取り出し口に手を入れた十勝君は、中々手を引きぬこうとはしない。それどころか。


「なんだよこれ、本当にぬけねーぞ」


 さっきまでの余裕よゆうな感じはもう無くて、あせったような声を出して、その表情には緊張きんちょうの色が見える。これはもしかして。


「どうしたの? まさか、ぬけなくなっちゃったの?」

「いや、まさかそんな事あるわけ……くそ、やっぱりぬけねー。なんなんだよこれ⁉」


 うでをガクガクと動かしながら、どうにか引っこぬこうとする十勝君。ぼくはその光景を見ながら、古い外国の映画のワンシーンを思い出した。

 それはイタリアのローマにある、『真実の口』に手を入れた男が、ぬけなくなってしまったと言うもので、その映画では本当にぬけなくなったわけじゃなく、男がふざけてぬけなくなるフリをしていただけだったけど……


冗談じょうだんを言ってるわけじゃないんだよね?」

「こんな時に、悪ふざけだったらおこるよ。言って良い冗談じょうだんと悪い冗談じょうだんがあるって、おばあちゃんが言ってたもん」

「お前ら、少しはオレを信用しろ! マジでぬけねーんだって。うわっ⁉」


 十勝君のうでがズブリとまれ、ヒジの手前くらいまで自販機じはんきの中へと入っていってしまった。どうやらふざけているわけじゃないみたい。


「マヨちゃん、ぼくたちで引っぱろう」

「うん、分かった」

「二人ともガンバルニャ。アタシは力になれそうにないから、応援おうえんしてるニャ」


 ええっ、チョコは手伝ってくれないの? けどたしかにその小さい体とプニプニした肉球じゃ、引っぱり上げるのはむずかしいだろう。でもそれじゃあ、いったい何のために来たの?

 仕方なくぼくとマヨちゃんの二人で、十勝君のうでをつかんだ。だけど。


「ダメ、全然ビクともしないよ!」


 マヨちゃんが弱気な声をあげる。二人で引っぱっているのに、十勝君のうでは引きにかれること無く、むしろ少しずつおくへと吸い込まれていく。


「光太、お前ちゃんと力入れてるのか!」

「入れてるよ……マヨちゃんより弱いと思うけど」


 女の子よりも弱いと言うのは、少しずかしいけど、事実だから仕方が無い。でも力が弱くたって、何もできないわけじゃないんだ。


「マヨちゃん、今度は合図といっしょに、引っぱってみよう十勝君も、ぼくたちに合わせて力を入れて」

「よーし、合図はまかせた」

「ボクも分かったよ。それじゃあ行くよ……せーのっ!」


 マヨちゃんのかけ声と共に引っぱると、今度は少しだけぬくことができた。さっきまではヒジくらいまで中に入っていたうでだったけど、手首近くまでは外に出ている。だけど……


「ダメだ、これ以上はぬけねえ!」

「これでもダメなの⁉ だったらボクが、もっと応援おうえんをよんでくるよ。『大きなカブ』って絵本でも、たくさんの人をよんできて、カブを引っこぬいたんだから、いっぱい集まれば何とかなるよね」


 そう言ってマヨちゃんは、走って行こうとする。だけどそのとたん。


「わーっ、待て待て真夜子、手をはなすな! 光太と二人じゃ、力が足りねえ! このままじゃみこまれちまう!」

「えっ? あっ、ごめん!」


 あわててつかみ直すも、十勝君のうではまたおくへと吸い込まれてしまった。せっかく少し引っぱり出せてたのに、これじゃあいつまでたつても助けられそうにない。


「どうするの? このままじゃ終わらないよ。やっぱりだれか、助けをよんで来た方が良いんじゃないの?」

「でもよう、さっきの見ただろ。二人じゃ絶対ぜったいに持ちこたえられねえって」

「それじゃあ、大きな声で、『助けて―』ってさけんでみるとか?」


 マヨちゃんはそう言ったけど、ここはさみしい道。周りに人のすがたなんて見えないし、きっと大声を出しても助けは来ないだろう。もし助けをよびに行ったとしても、十勝君の言う通り、その間にぼく達の方が力つきてしまうだろう。

 いくら力を入れても引っぱり出せないし、助けもよべない。もしかしてこれって、もうどうしようも無いんじゃないかなあ?


「まるでヘビに食べられているみたいだニャ。生きたまま丸のみニャ」

「チョコ、何のん気なこと言ってるのさ!」


 自販機じはんきだろうとヘビだろうと、どっちでもいい。今大事なのは、十勝君を助ける事で……ん? まてよ。


 ふと、ある考えがうかんだ。これならもしかしたら、十勝君を助けられるかもしれない。ただもし失敗したら、その時は……


「もうダメ! 限界げんかいだよ!」

「放すなよ真夜子、オレがどうなっても良いのか⁉」


 どうやら残された時間はあまり無いみたい。少し……いや、かなりこわいけど、もうまよっている場合じゃない!

 ぼくは覚悟かくごを決めて、十勝君のうでから手をはなした。


「おい、光太⁉」

「コウ君、何やってるの⁉」


 いきなりはなしたから、二人ともおどろいている。だけどきっと、本当におどろくのはこれからだ。ぼくは身をかがめて、十勝君の手をくわえてはなさない自販機じはんきの口に……自分のうでを入れた!


 ぼくのうでは、十勝君のうでよりも細い。引っこぬくことは出来なくても、上手くねじこめば、自販機じはんきの口に入れる事はできるのだ。

 そんなぼくの行動が、とても信じられなかったのだろう。マヨちゃんは目を見開いて、十勝君もあわてたように声を上げた。


「何やってるんだよ? お前まで食われちまうぞ⁉」

「話は後。大丈夫、ぼくも十勝運も助かるから。お願い、ぼくといっしょに、手をもっと奥に入れて!」

「はあ?」


 もう一度声を上げる十勝君。手を引っこぬこうとしていたはずなのに、おくに入れるだなんて言って。ビックリするのは分かってる。だけどこれにはちゃんと、理由があるんだ。


「お前、何言ってるのか分かってるんか? そんなことしたらそれこそ、本当に二人とも食われて……」

「いいから! 助かりたかったら、言う事を聞いて!」

「お、おう」


 つい強い口調になってしまい、ビックリした十勝君は、めずらしくすなおにうなずいてくれた。とは言え本当は、絶対ぜったいに上手くいくってわけじゃないけど。だけどもう後もどりはできない。ぼくと十勝君はうなずき合うと、力いっぱいおくへとおしこめた。すると……


「ウグッ⁉ オヴァアッ!」


 耳をつくような、悲鳴ともうなり声ともつかないような声が、辺りにひびいた。すると、今までガッチリかみついて話さなかった、自販機じはんきの口がゆるむ。いや、それどころか……


「グアッ!」

「うわぁ!」


 もう一度、短い声がしたかと思うと、ぼくも十勝君も後ろにしりもちをついていた。まるで、自販機じはんきの中から、何かがおし出してくるような感覚があって。はき出されたのだと気づいたのは、無事にぬけたうでを見た後だった。


「良かった……ちゃんとぬけたよ。うでもくっついたままだ」

「まったく、ひどい目にあったぜ」


 二人ともどこもケガをしていないのを見て、ぼくも十勝君もホッと息をつく。そしてマヨちゃんも、そんなぼく達を見て安心したように声をもらした。


「二人とも、大丈夫だいじょうぶだったんだね。けど、どうして急にぬけ出せたの? コウ君、さっきおくに入れるって言ってたけど」

「ああ、アレはね。犬なんかの動物にかまれた時の方法を、試してみたんだ」

「かまれた時の方法って、どういう事?」


 どういう事か分からずに、首をかしげるマヨちゃん。十勝君も同じように、頭にハテナをうかべていた。


「動物に手をかまれた時、無理に引っぱっても、中々放してはくれないんだよ。人間だってそうだけど、かむ力って実は相当強いから、ちょっと引っぱったくらいじゃ、放してくれないことが多いんだ。だけどそういう時は、ぎゃくに手を奥に入れると良いんだよ。無理やり口のおくに手を入れられたら、気持ち悪くなってはき出す事があるって、本に書いてあったんだ」


 最近読んでいた『動物との付き合い方』で得た知識が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったよ。一人よりも二人の方が効果があると思ってぼくも手を入れてみたけど、上手くいって良かった。もしも失敗していたら二人とも食べられていたかもしれないと思うと、改めてゾッとしてくる。


「お前、よくそんな事思いついたな。しかも自販機じはんき相手にも通用するとはかぎらなかったわけだし」

「そこは、ぼくもちょっと不安だった。ぼくが知っていたのは、あくまで動物にかまれた時の方法だったからね。この方法は、自販機じはんきに手をかまれた時にも使えますって、書いていなかったし」

「そりゃそうだよ。でも、助かったんだから良かったじゃない。その本書いている人にお願いして、自販機じはんきにかまれた時もこうすれば良いって書いてもらうのもいいかも」


 マヨちゃんが冗談じょうだんっぽく言って、ぼくと十勝君も、つい笑みをこぼす。だけどその時ふと、だまっていたチョコがつぶやいた。


「マヨちゃん。残念ざんねんだけどコイツは、ただの自販機じはんきじゃないみたいだニャ」

「アハハ、何言ってるのチョコ。そんなの分かってるよ。自販機じはんきのつくも神、でしょ?」


 ふつうの自販機じはんきは、かみついてはなさない、何てことをするはずが無い。だから正体は、自販機じはんきのつくも神。そうぼくも思っていた。だけど……


「ちがうニャ。コイツはそんな、物が化けたようなヤツじゃないニャ。さあ、正体を見せてもらうニャ」


 チョコは黒々としたその目で、ジッと自販機じはんきを見つめていた。

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