まさかの正体

 人食い自販機じはんきの正体が、つくも神じゃない? だけどぼくも十勝君も、あやうく食べられそうになったんだ。絶対に何か秘密ひみつはあるはず。

 ボクもマヨちゃんもわけが分からずに、だまってチョコをじっと見つめる。そして十勝君は、もっとよく分かっていない。何せチョコ言っている事が聞こえないのだから、ぼく等が急にだまりだして、チョコを見つめているようにしか見えないだろう。こういう時声が聞こえないって、不便ふべんだと思う。


「おい、さっきからネコ助の事ばかり見ているけど、何かあったのか?」

「それが。チョコが言うには、この人食い自販機じはんきはつくも神じゃないって言うんだ」

「はあ? そんなバカな。オレは食われるところだったんだぜ。ふざけてやってたわけじゃ無いって、手を入れた光太なら分かるだろ?」


 それはもちろん。だけどチョコは、そんなぼく達を尻目しりめに、トコトコと歩き出して自販機じはんきの後ろ側をながめ始めた。


「コウ君。マヨちゃんでもいいニャ。自販機じはんきの後ろにある、アレをよーく見てみるニャ」

「ええと、アレって言うと……」


 ぼくもマヨちゃんも、チョコに続いて自販機じはんきの後ろをのぞきこむ。十勝君もぼく達の様子を見てのぞいてみたけれど、反応はんのうが無いのを見ると、どうやらアレを見る事はできないみたい。だけどぼくとマヨちゃんにはしっかりと見えていた。

 自販機じはんきの後ろには、本来ならあるはずの無い、茶色くて太い、動物のようなシッポがぴょこんと生えているのを。


「チョコ、何あれ?」

「シッポニャ」

「そんなこと分かってるよ。問題もんだいはどうして、自販機じはんきにシッポがあるかってことだよ!」


 ぼくはもちろん、今までシッポが生えた自販機じはんきなんて見たことが無かった。そしてそれは、もちろんマヨちゃんも同じ。二人しておどろいたけど、事情じじょうが分からない十勝君は、自分だけ話に入れないことにいら立ったのか、おこったような声を出してきた。


「何だよ、何にもねーじゃねーか。まあいいや、正体が何だって、コイツがあぶない事に変わりないんだろ。だったらオレ達の手で、ぶっこわしてやればいいんじゃねーの」

「そんな乱暴らんぼうな⁉ そんなことして、もしバレでもしたら、後でおこられるよ」

「バレないようにやれば良いだろ。だいたい、人をおそう自販機じはんきをこのまま放っておいてもいいのか?」

「それは、そうだけど……」

 

 気は進まないけど、言っている事も一理あるから、強く反対することは出来ない。そしてぼくがなやんでいる間に、十勝君は自販機じはんきから少しはなれた場所に移動いどうして、何やら体をほぐし始めている。


「十勝くーん、何やってるのー?」

「決まってるだろ、準備運動じゅんびうんどうだよ。今からその人食い自販機じはんきのヤツを、助走をつけて思いっきりけっ飛ばしてやるんだ。さっきはよくもやってくれたな」


 いけない、これは完全におこっている。おこりすぎて今にも頭から、湯気ゆげでも出そうないきおいだ。でも、本当にこのままけってしまっても良いのかな? ぼくは、シッポについてもうちょっと調べた方が良いと思うんだけどなあ。そう思ったその時……


「ちょっ、ちょっと待つポン!」


 何ともカワイイ声が、すぐ横から聞こえてきた。もちろんマヨちゃんの声や、チョコの声じゃない。声がしたのは自販機じはんきの中から。おどろいて目を向けると、自販機じはんきは不意に白いケムリを上げ始めた。


 今度は火事でも起こすの⁉ そう思ったけど、ケムリが立ち上っていたのはほんの数秒の事。次の瞬間しゅんかんには、『ボンッ』と言う音と共に、自販機じはんきはそのすがたを消してしまったのだ。


「あれ、どういう事?」

「何だ? 自販機じはんきが消えちまったぞ⁉」


 マヨちゃんと十勝君が、ビックリしたような声を上げる。だけどぼくは、消えてしまった自販機じはんきがどこに行ってしまったのか、なんとなく想像そうぞうがついた。だって、ねえ……


「二人とも落ち着いて。そしてちゃんと、足元を見て」

「足元っていうと……ああっ!」


 マヨちゃんが思わず声を上げる。けり飛ばすつもりだった自販機じはんきが消えて、こっちにもどってきていた十勝君も、キョトンとした様子で、そのすがたを目に映した。


「おい……何でこんな所に、タヌキがいるんだよ!」


 そう。消えた自販機じはんきの代わりにぼく達の前に現れたのは、ふっくらとした茶色い毛なみと、ふっくらとした体形、それに目の周りが黒くて団子鼻だんごっぱな特徴とくちょうで、昔話では人間を化かすことで有名な動物、タヌキだったのだ。

 ぼくもマヨちゃんも、十勝君だっておどろいているけど、問題はそのタヌキの様子。まるでこわがっているように顔をふせていて、ブルブルとふるえている。


「おどかしてしまって、ごめんなさいポン。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだポン。お願いだから、けらないでポン」


 かわいそうに、おびえた様子のタヌキを前にして、ぼく達は顔を見合わせる。するとチョコが、ぼくの足元にすりよってきた。


「見ての通りニャ。あの自販機じはんきは、つくも神なんかじゃなかったんだニャ。この子が化けて、アタシ達を化かしていたんだニャ」

「化かすって、昔話みたいに? 妖怪ようかいを見た事は何度もあるけど、タヌキに化かされたのは初めてだよ。あの自販機じはんき、このタヌキが化けた物だったんだ。全然気付かなかった」


 この辺りでは、近くの山から町にタヌキが下りてくることは、そうめずらしい事じゃない。だけど、人を化かすようなタヌキと会った事は無かった。そしてそれはマヨちゃんも同じだったみたいで、興味きょうみを持ったか目をキラキラさせながら、しゃがんでタヌキと向き合った。


「へえー、タヌキさん。君がボク達を化かしてたんだ。化けるの上手だねえ」


 ニコニコと笑みをうかべながら、やさしいく声をかけるマヨちゃん。だけどタヌキはそんなマヨちゃんの事もこわいのか、ブルブルとふるえている。


「ごめんなさい、もう二度としませんポン。どうかゆるしてくださいポン」

「うーん、ゆるすも何も、別にケガも無かったわけだし。そもそも君、どうしてこんなことしたの?」

「それは……」

「おい、もしかしてそいつ、何かしゃべってるのか? オレ、全然聞こえねーんだけど」


 マヨちゃんとタヌキの話をじゃまするように、いら立ったような声を出した十勝君。そうか、タヌキのすがたは見えても、声は聞こえないのか。多分だけど、チョコを見る事が出来るのにしゃべってることが分からないのと、同じ原理なのだろう。あれ、でもさっきまで、タヌキが化けた自販機じはんきは見えていたよね。チョコの二本あるシッポを見る事は出来ないのに、タヌキが化けた物のすがたは見えるのかな?


「チョコ、十勝君が自販機じはんきを見る事が出来たのって?」

「ああ、それは多分、タヌキが意図的に化かしてみせようとしたからニャ。さっきも言ったように、本気を出したら十勝君にも、アタシの声を聞かせることができるニャ。それと同じだニャ」


 なるほど、なぞけてスッキリした。だけど十勝君は何だか不満そう。タヌキに手をのばしたかと思うと、乱暴らんぼうに首根っこをつかんだ。


「さあて、どうしてくれようか」

「ご、ごめんなさいポーン!」


 勝ちほこったように不気味な笑みをうかべる十勝君と、今にも泣き出しそうなタヌキ。ぼくとマヨちゃんはその様子を見ながら、どっちの味方をすれば良いの? って、顔を見合わせながら考えてしまうのだった。

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