二話 「決意」
食器を運ぶ音、
「でもさ、昨日は笑っちゃったよね」
ひとりが箸をカチカチ鳴らしながら、含み笑いを浮かべた。
「ああ、あの子ね」
カレーライスを頬張りながら応える声。
「なにもずぶ濡れになってまで、走って来なくてもいいのにさ」
「それは、あれよ。
男子たちに同情を買おうと思ってじゃない。
いやだっ、気持ち悪い」
「それに、お握りだってそう。
あのとき
あっ、でも
ああ、やっぱり吾平室長って憧れちゃうわあ」
麻友子は持っていたプラスチックのお茶碗を、音を立てるようにトレイに置いた。
「せっかくのお昼ごはんがまずくなっちゃう。
あんな子を話題にするのは、やめてくれない」
細い目でテーブルを囲むメンバーを見渡す。
「それよりもさ。
みんな協力してくれてるの?
このごろ、ランキングからはずれてきてるのよね」
女子たちは互いに顔を見合す。
「PVなんてどうとでもできるけどさ。
宣伝が足りないんじゃないかって思うわけ。
みんなは早く私に書籍化作家になってほしいのでしょ?
友人がプロの作家になったら、誇らしいでしょ」
無言で全員がうなずくなか、ひとりがぽつりとこぼした。
「SNSを使って、やれることはやってるよ。
私たちはみんな、『城ノ内イリア』先生のファンだし。
書籍になって本屋に並んだら、この作家先生は実は友だちなんだって自慢できるから」
「次のコンテストでは、なんとしてでも大賞を狙うわ。
だからみんなも応援してよ」
「それはもちろんだよ。
じゃあ、もう新作はできてるの?」
麻友子は三白眼の目を食堂の窓へ向ける。
「まあね。
また読者の心を、ときめかせてさしあげるわ」
自信満々の表情を浮かべる。
だがその心の内では、まったく真反対の感情がどす黒く湧き出していた。
いくらパソコンの前に座っても、一行も書けないのだ。
キーボードを叩こうと指先を構えるが、どのキーからいけばよいのかがわからない。
今までは考えなくても指が動いたのに。
色々なウエブ小説を読んでは使えそうなフレーズやキャラクター、そしてストーリーなどを自分なりに加工し物語を作ってきた。
それがここへきて、行き詰ってしまったのだ。
焦りは創作力を鋭利なナイフでこそげ落とすように削っていく。
中間考査で順位が落ちたこと、また『LOVESONG』なる新人の作家に追い込まれたこと、それらが渦を巻いて麻友子の創作しようとする意欲を飲み込んでいく。
受けたダメージを、ちがう相手にぶつければ回復すると思い込み、めぐりに出鱈目な情報を与えて苦しめてやった。
『LOVESONG』には応援部隊を使って、レビュー爆で攻撃し落としてやった。
それなのに溜飲が下がらないのはなぜ?
小説が書けないのはどうして?
暗い
~~♡♡~~
「まもなく全国統一模試の受付が始まる。
まあ、これは私塾が開催するから費用はかかるけど、可能な限り受けたほうがいいだろう。
この模試で、自分の今のレベルが判定できるしな。
その申込用紙を配布するから、自宅で保護者と相談してほしい。
では、終わるか」
ありがとうございました! の挨拶が済み、教室内は三々五々動き出した。
めぐりは帰り支度を始める。
昼の時間に、瑠奈に読んでもらったノートが机の中に入れっぱなしであったことを思い出す。
誰かに見られたらまずい。
あわてて手を差し込むと、ノートはあった。
机の上に置いて、通学バッグへしまおうとしたときだ。
教室から出て行こうとして高梨先生が、「おーい、
「はいっ」と返事し、急いで先生の後に続いた。
高梨先生はめぐりを進路指導室まで連れて行く。
椅子に座るよううながし、反対側の席に自分も腰を降ろした。
「中間考査は、よく頑張ったな」
ニコリと微笑む。
「あっ、いえ」
「前に先生が言ったことなんだけどな。
おかあさんと、相談してみたか」
めぐりは思わず高梨先生から視線をはずしてしまう。
「先生、わたしは大学へはいきませんから」
うーんとうなる高梨先生。
しばらく沈黙が室内を支配する。
「やはり、資金面ってことか」
めぐりは小さくうなずいた。
「そうかあ。
こんなに優秀な生徒が進学しないとはなあ。
じゃあ、全国模試も」
「はい、わたしは受けません」
それがまるで罪悪であるかのように、めぐりは詫びるように言葉にした。
~~♡♡~~
二組の教室内からは、生徒全員が退席していた。
部活動へいく者、塾へいく者、それぞれが次の行動に移るために。
そこへ麻友子が顔をのぞかせた。
今日は美術部のある日だ。
だが麻友子は休むつもりであった。
部活動よりも、優先せねばならないことがあるから。
ふだんならしない、忘れ物を取りに教室へ戻ったのだ。
友だちの前では見栄を張ったものの、新しい作品に未だ着手できていないことに苛立ち、つい注意が散漫になっていたようだ。
自席の机の中から、忘れていた教科書を取り出す。
小説も書かねばならないけど、本分の勉強もはずすわけにはいかない。
期末考査には十位以内に返り咲くのだ、という意識が強かった。
帰り際に、何気なく教室内を見渡した。
窓際の席に、通学バッグが出しっぱなしになっている。
あの席は、確か。
麻友子は近寄った。
自分に牙を向けてくるわけではないのに、なぜか毛嫌いする存在。
麻友子にとってめぐりは、イラつくだけの対象であった。
生理的に受け付けないのだ。
めぐりが少しでも自己主張する性格であれば、違ったかもしれない。
弓道大会のときだって、そう。
いかにも自分が悪かったかのように見せかけて、男子たちの同情を引いいてさ。
ひとのいないところでペロッと舌をのぞかせるような、
なんだか腹の虫がおさまらないし、このバッグを窓から投げてやろうかしら。
麻友子はそれが八つ当たりだとは、まったく思ってはいない。
しかもバッグの横には、勉強ノートまで置いてある。
ガリ勉だけが自慢の、胸糞悪い子。
どうせ一生懸命努力しています、なんてノートなんだろうな。
麻友子はノートをにらみ、手に取った。
パラパラとめくる。
「えっ、なによ、これ」
ノートの白いページは、丁寧な文字で埋め尽くされている。
「はっ?
もしかして、作文?
いえ、違う、これって小説じゃない?」
細い目を見開き、文字を追っていく。
すぐに驚きの表情に変わる。
冒頭から物語が、まだ見ぬ世界へいざなっていく。
主人公である女子高生が、同級生の男子に恋をする。
だが単純な恋愛物ではない。
使われる言葉、表現、描写、すべてが読む者を引き込んでいくのだ。
とてもノートに手書きの素人小説ではない。
麻友子も小説を書く以上、読むことも好きだ。
だからこそ
途中で、ハッと気づいた。
いつの間にかノートに書かれた文章を、
まずい、と腕時計を確認する。
ノートの持ち主は、たしか先生に呼ばれていた。
もう教室へ戻ってくるかもしれない。
麻友子は続きを読みたい一心で、ポケットからスマホを取り出すと、急いで各ページの写メを撮る。
最後まで写し終えると背後を振り返り、だれも見ていないことを確認した。
通学バッグを抱えて走るように教室を飛び出して行った。
つづく
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