五話 「部活」

 桔梗が丘ききょうがおか高校は、閑静な住宅地の中に学びがある。

 土曜日は体育会系のクラブ員たちが、朝から練習にいそしんでいた。


 始業式から初めての週末、各クラブでは新入生たちが仮入部しており、先輩たちは張り切っている。

 進学校ではあるが、運動系クラブも盛んであるのがこの高校の特徴のひとつだ。


「スウスウ、ハッ、ハッ、よーし、ここからもういっちょう元気出していくぜ!」


 しゅうは集団の先頭を走りながら、よく通る声で後方に叫ぶ。


「はいっ」


 水泳部は仮入部した一年生数名を真ん中に並ばせ、二年生が前を三年生が後ろについてグランドをランニングしていた。

 実質部活の中心は二年生にバトンタッチされており、周は新部長の役に着いていた。

 周を含めて二年生は男子十一名、女子六名であり、三年生は男子五名のみであった。

 この三月までは参加していたものの、三年生になった時点で休部する生徒が多いのだ。

 いよいよ大学受験を控え、部活よりも勉強に集中するためである。


 男子八名、女子十八名の一年生は仮入部であるため、体育の授業で使う濃紺のジャージ姿だ。

 二、三年生は水泳部のユニフォームである鮮やかなブルーにトビウオをモチーフにした刺繍ししゅうと、「桔梗が丘高校水泳部」の文字の入ったトレーニングウエアを着用している。


「おーい、一年生の諸君、大丈夫か? 無理するなよっ」


 周は振り返り、白い歯を見せる。

 一年生の女子たちはその笑顔を見たくて水泳部を希望しているのが、浮かべた表情からありありとわかった。


 広いグランドでは、陸上部、テニス部、ラグビー部、サッカー部などが大きな掛け声を出しながら練習している。


 あいにく桔梗が丘高校は、室内温水プールは設置されておらず、北側にある野球場横にある屋外プールを使用する。

 春の陽射しが空気を暖めてくれてはいるが、まだ水に浸かるのは早い。

 だから基礎体力向上のトレーニングのみで、プール開きまで待つのだ。


 午前中の練習が終了し、部員たちはプール横の芝生に倒れ込む。

 といってもへたばっているのは一年生だけである。

 二、三年生の部員とは体力が歴然と違うようだ。


「やっぱり、キツイっしょ」


 周はタオルで汗を拭きながら、芝生に寝転がる一年生たちを見下ろす。


「だ、大丈夫っす」


 男子のひとりが上半身を起した。周はニヤリと笑った。


「無理しない、無理しない。

 まだきみたちは仮入部のお客さまだからね。

 今日はかなりペースを落としたトレーニングだったんだからさ」


 一年生たちはキョトンと目をしばたたかせた直後、「ええっ」と顔面蒼白になった。


「冗談でした、ハッハッハッ!」


 二年生、三年生と目を合わせると、周は快活に笑った。


「では今日はここで解散します。

 月曜日からは、終礼が鳴ったら各自部室でウエアに着替えてここへ集合な。

 以上、お疲れさまっした!」


「お疲れさまっした!」


 へとへとになった一年生たちは、先輩たちに励まされながらグランドの隅に建つクラブハウスへもどっていく。


吾平ごひら、帰ろうか」


 三年生の元部長が肩を叩いてきた。


「ぼくは少し弓道部を冷やかしにいってきます」


「そうか。じゃあまた来週な」


 先輩に一礼し、周はタオルを首からかけるとプールそばに建つ弓道場へゆっくりと歩き出した。


「せいっ!」


 気合の入った声が射場しゃばから聞こえる。

 弓道場の横にある自転車置き場には、練習が終わった運動部の生徒数人が自転車にまたがって弓道場を眺めていた。


 矢よけ用に、矢道やみちに沿って高さ一メートルほど常緑樹が植えられている。

 周は矢道をのぞく。

 射場には白い上衣に黒袴をはいた凛々しい姿の男子五名が、弓を構えていた。


 団体競技では野球なら九名、サッカーなら十一名と決まっているように、弓道の団体戦では五名が射場に立つ。

 一番から五番までをそれぞれ、大前おおまえ二番にばんなか落ち前おちまえ落ちおち、と呼び、役割もあるのだ。


 大前の役目は最初の一射目をてることで流れを作る。

 二番の役割は大前の補助的役割だ。

 中の役割はいい流れならそのままつなぎ、悪い流れならここで断ち切ること。

 落ち前は落ちにつなげるための、補助的な役割を持つ。

 落ちは最後の締めを担っている。


 それぞれが重要な位置であるが、ラストを請け負う落ちは、一発中てるか中たらないかでチームの勝敗が決まる。

 そのプレッシャーがかかった状況でも動じずに、きっちり中てられることが求められるポジションであるのだ。


 また仮にそういう場面でなくても、落ちは常に最後に引くため、他の選手が退場して会場の注目が残った選手ひとりに集まる中で引かなければならない、という場面が多い。

 大勢の人に見られている状況でも関係なく普通に引けて、かつ中てられる精神力の強さが必須だ。


 射場には的前まとまえに立つ五名以外に、道着を着た部員男女合わせて二十名ほどが正座で待機していた。

 さらに仮入部の一年生が八名ほど、体操着姿で立っている。

 柔道や剣道のような激しい活気はないが、しんと静まり返った射場は独特の緊張感が流れている。


 物珍しげに視線を動かしている男女の一年生たちに、眼鏡をかけ髪をヘアバレッタでくくった女子生徒が説明をしているようだ。

 三年生の元部長である。

 白い上衣の上から女性用の黒い胸当てをしている。


 ビュッ!


 カンッ!


「せいっ!」


 正座している部員たちが鋭い掛け声をあげる。

 落ち前の放った矢が的に中ったのだ。

 周は首元を伸ばした。

 落ちに立っているのは孝蔵こうぞうである。


「弓道八節はっせつ」にのっとり、ゆっくりと矢をつがえた弓を両手で持ち上げ、顔を上半身に対して九十度左側に曲げた。

 まなじりの上がった目が、まっすぐに的をとらえる。

 ギリギリと両腕で弓を開く。

 ここまでまったく身体の芯がぶれていない。

 同じアスリートとして、周は孝蔵の筋力に感心していた。


 弓道と聞くと、どうしても腕や胸、背中の筋肉を鍛えると想像するが、実際には腹筋を含む下半身の筋肉が重要であるのだ。

 矢を放つ直前、「かい」の状態で的を狙うのだが、この時に足元がぐらつけば、当然矢は方向を狂わせてしまう。

 そのため弓道部員も他の運動部と同様に、全身の筋肉を鍛える必要がある。

 孝蔵は「会」の状態でピタリと止まった。

 

 ビュッ!


 矢が空気を切り裂く。


 カンッ!


 的の真ん中に、吸い込まれるように矢が中った。


「せいっ!」


 部員たちと一緒に、周も大声で掛け声をあげた。

残心ざんしん」のあと、広げていた足もとを直し一礼する孝蔵は、声援を送ってくれた周に気づいた。

つづく

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