四話 「物語」
「ねえねえ、ちょっと」
「えっ?」
図書館でめぐりがお目当ての雑誌を手に取っている姿を、勉強ルームで宿題を片づけようと立ち寄った
「あのラノベコーナーでさ、薄気味悪い笑顔で雑誌を眺めてるのって」
「あっ、あの子よ、あの子」
「なんて名前だったっけ」
「ええっと。忘れた」
「名前なんてどうでもいいわよ。
あの子って、なんだか空気のようにいてもいなくても、まったく存在感がないよね」
「そう。
いつもひとりで、なんか暗いよね」
「それに、パソコンもスマホも持てないって」
「あんた、いつの時代の人ですかって」
「あちゃあ。
クラスにはなじまないうえに、私の小説は無視してるクセにさ、やっぱり
そういうことよ、あれ」
「ええっ?
超ムカつくんですけど、それって」
ふたりは眉間にしわを寄せながら、めぐりを凝視する。
「それにさ、なにあの肩からぶら下げたボロ袋。
なんだか格好もやぼったいというか」
「あっ、まずい!
こっちへ来るよ、あの子」
二人はあわててきびすを返すと、並んだ本棚のあいまをすりぬけて奥の勉強ルームへ小走りで急ぐ。
めぐりは見つけた雑誌をバッグに入れたあと、今度は小説コーナーへ向かった。
「あ、か、さ、ときて、せ、せ、あった」
五十音順に背表紙が並んだ書籍を、順番に指で追いながら一ヵ所で止まる。
「
出版される書籍はいずれもヒットし、映画やテレビドラマの原作にも多数起用されている。
恋愛物、時代物、さらにはコメディまで、あらゆるジャンルの物語を創出してきている。
現在は直木賞の選考委員になっている。
「やっぱり借りられちゃったかなあ。
あらっ、隣の作家さんの棚に」
めぐりは中腰になりながら、その新刊をそっと引き抜く。
裏表紙には和服を着た著者近影が載っていた。
五十歳代のその表情はとても険しい。
命を削って作品を生み続けてきているからであろうか。
めぐりはなにかのコラムで瀬道はとても気難しい性格であり、特に新人作家には重箱の隅をつつくような厳しい意見を叩きつけると読んだ記憶がある。
「でも、わたしは瀬道先生の小説は、本当に素晴らしいなあって思うわ」
宝物を発見したトレジャハンターのように、瞳をキラキラさせる。
その後も丹念に棚を巡り、数冊を借りた。
団地の自宅へもどると、めぐりはさっそく借りてきた本を机の横に設置したカラーボックスを並べた棚に置いた。
昼食にはまだ少し早い。
もちろん薫は朝からスーパーへ仕事に出かけているため、ひとりで食べる。
休日の昼は、大抵昨晩に残したおかずとお握りだ。
薫が朝に作ってくれている。
もう高校生なのだから、自分で作れると薫に進言するも、「ご飯くらいおかあさんに作らせて」と笑う。
最初に手にしたのは、例の別冊だ。
カラー表紙には「ライトノベルとウエブ小説投稿サイトの今」とある。
パラパラとページをめくる。
雑誌の前半はカラーページになっており、図書館で見たラノベ同様にカラフルなイラスト群に目を奪われる。
口をポカンと開けたまま、めぐりは驚きの表情で読み始めた。
クラスメートが言っていたウエブ小説投稿サイトが、実はいくつもあり、それぞれに特色があることがわかる。
「ファンタジーやラブコメは、ほとんど読んだことがないからなあ。
へえっ、擬音だけで数行も使う小説なんてあるんだ。
あっ、これね、『小説ラウンジ』ってサイトは」
小説とは紙の本で読むもの。
めぐりは今までそう思っていた。
だがあらためて、インターネット上の小説投稿サイトのほうが若者に読まれているという現実を知った。
小説とは、プロの作家が心血を注いで書くものと思っていた。
だが現在ではアマチュアの書いた作品が、インターネット上で無料公開され、かつそこから書籍化された紙の本が一般書籍を
めぐりにとって、まさしく青天の
家にパソコンはない、ましてやスマホさえ持っていない。
時代に取り残されているネガティブな思考が、大きなため息となってめぐりの口元から漏れ出た。
しばらく椅子の背もたれに身を預けていたが、ここでふと思う。
「ないものねだりなんて、わたしらしくないし。
携帯電話もパソコンもなくったって生活に支障はないからなあ」
天井を見つめていた瞳がクルリと動いた。
小説とは読むだけの娯楽だと思っていたのに、今では何万人もの素人作家がしのぎを削って小説を書いて公開している。
クラスメートの麻友子もそのひとり。
自身のオリジナル小説を公開しているらしい。
誰もが気軽に小説を書き、しかも万人に読んでもらうことができる時代であるのだ。
耳元に父の声が聞こえた。
「めぐ、今夜はおとうさんが、とっておきの物語を話してあげようか。
世界中で誰も知らない、めぐだけのためにおとうさんが作ったお話だよ」
と。
そういえば幼い頃、父はオリジナルの物語を即興で作ってめぐりに話してくれたことが度々あった。
それがとても面白く、ワクワクしながら聞いていたことも思い出す。
「おとうさんは、わたしだけのために物語を作ってくれていたんだっけ。
今さらだけど、おとうさんって偉かったんだ」
ネガティブな思考はすでに頭から遠くへ飛んでいた。
めぐりは昼食を
つづく
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