第三章

一話 「発見」

「何人くらい入りそうなんだ、弓道部は」


 しゅうは問いながら、雪駄せったを履いて道場から出てきた孝蔵こうぞう射場しゃばの裏手に置いてあるパイプ椅子を指さす。

 太陽がまぶしいのか、孝蔵は眉間にしわを寄せながら腰を降ろした。


「そうだな。

 今日まで残っているのが、八人だっけ」


「そうか、例年に比べると、ちと寂しいな」


「ああ、そうだな。

 でもまだ仮の段階だから、これから先はわからん。

 それで、水泳部はどうなんだ。

 やっぱりおまえ目当てで来る女子が多いのだろ?」


 ストレートな物言いの孝蔵に、周は苦笑する。


「まあ、そういう子たちはアレだ。

 本入部して本格的なトレーニングが始まると、いつの間にか休部か退部していくけどね。

 ぼくだって、こう見えても水泳部を背負う部長だからな」


「わかってるさ。

 この一年はお互いに頑張ってやろうぜ」


 孝蔵は立ち上がった。


「そろそろこちらもお開きになるから、もどるよ」


「あいよ、お疲れさん」


 周は白い歯を見せて手をふった。


 ~~♡♡~~


 恋歌れんかは自室の勉強机に向かい、パソコンのキーボードを打っていた。

 すでに南向きの窓にはオレンジ色の夕映えが反射している。


 洋風の一戸建ての自宅は天白区てんぱくくのとなり、昭和区しょうわくの高級住宅街にあった。

 広い敷地の中に建つ、鉄筋コンクリートの二階建てだ。

 父親は会社経営者のため、土日でも仕事で家に帰るのはたいてい深夜である。

 三つ上の兄は東京の有名大学に籍を置き、現在はアメリカへ語学留学をしていた。

 そのため夕食は母とふたりでとることがほとんどだ。


 十畳の広い自室はきっちりと整理されており、勉強するにも身体を休めるのにも快適な空間が作られている。

 生徒会のクラス代議員を務めているため、部活には参加していない。

 したがって土日はほぼ思い通りに使うことができる。

 勉強はすでに午前中にノルマを済ませており、あとは趣味に没頭できるよう時間配分していた。


「良平くんがこのシーンで怪我をしてしまうって、うーん」


 恋歌は形のよい唇をとがらせ、椅子にもたれた。

 鮮やかなブルー系のラウンドカラーシャツが似合っている。


 誰にも話していなかったけど、実は恋歌も小説を書いていたのである。

 しかも、麻友子まゆこと同じサイトである『小説ラウンジ』を利用していたのだ。


 麻友子の応援部隊が「志条坂しじょうざかさんも、一緒に麻友子さんを応援しない?」と声をかけてきたときには、「うん、わかった」と軽く流していた。


 まだ使い始めたばかりのため、一話完結の短編一作と、中編の作品ひとつだけを公開している。

 現在は長編恋愛小説の続きを執筆中であった。


 もちろん原稿用紙に書くのではない。

 パソコンのワードに文字を打ち込んでいくのだ。

 恋歌は『LOVESONG』なるペンネームを使っている。

 中編の作品も恋愛小説であり、これは女性読者の共感を呼び、常にランキングでは上位にあった。


 恋歌はまだ今年十七歳という年齢でありながらも、描き出す世界観は大人顔負けであったのだ。

 詩人であったという伯父の血をより濃く継いでいるのかもしれない。

『LOVESONG』のファンは多く、コメントをいくつも貰っているが、対する返信が追いつかないくらいなのだ。


 もちろん書くだけではなく、気にいった作品を見つけると読み、レビューを送る。

 このレビューが書き手を舞いあがらせるほど、意をくみ他の読者への導線となっていた。


 天井を向いていた顔を下げる。

 さらりと前髪が顔にかかった。

 机上に置いていたカチューシャを手に取ると、前髪をかき上げてセットする。


「うん、そうだわ。

 ここは怪我を負った恋人に、寄り添うシーンがいいな」


 恋歌は歌うようにつぶやき、再びキーボードを打ち始めた。


 ~~♡♡~~


 新学期が始まって二週間が経った。

 二年二組のクラスメートたちはようやく顔ぶれに慣れ、授業のあいまの雑談やお昼休みのときに昼食を共にする仲間が出来上がりつつあった。


 めぐりはいつも通り誰からも誘われず、ひとりで机に座っていることが定番となっている。

 これは直接的なイジメ行為とは違う。

 イジメの対象にすらならない、存在自体が空気の扱いだ。

 居てもいなくてもどちらでも構わない、それこそモブキャラであったのだ。

 ただ麻友子やその取り巻きたちの視線には、つねに敵意がこもっているのだが。


 めぐりは勇気を振り絞って級友たちに声をかけようと何度も試みようとしたのだが、結局はできなかった。

 そんな自分が情けないのだが、落ち込むことはない。

 案外ポジティブな思考の持ち主であったから。


 午前中の授業が終わり、ガヤガヤと楽しそうな雰囲気でお昼休みが始まった。

 めぐりの周りはみな連れだって食堂へ行ったり、弁当を持って外へ出ていく。

 教室内に誰もいなくなったことを確認すると、めぐりはお弁当箱を机に置いた。


「いただきます」


 ふたを開けると、今日はタコさんウインナーに定番の玉子焼き、それにポテトサラダとメインはピーマンの肉詰めである。

 ニコリと微笑み箸をつける。


 もちろん本日も読書をしながらの昼食タイムである。

 今日は、今まで借りたことのない分野の書籍である。

 ウエブサイトで素人の小説が読まれていることを知り、「小説を書くって、どういうことなのだろう」と興味を抱いたのだ。


『はじめに。

 この本を手にしたあなたは、もちろん小説を書きたいと思いたったからでしょう。

 とても素敵なことです。

 なぜならあらゆる生きもの中で私たち人間だけが神から与えられた、大いなる創造する力を発揮することができる手段のひとつなのですから。

 絵画ではなく、音楽ではなく、文字によってのみ表現する小説をあなたは選んだのです。

 もちろん最初から大河小説など、書けません。

 でも安心してください。

 あなたの心にわきだした想いがある限り、必ず物語を書くことができます。

 大切なのはその「書いてみたい、書きたい」という想いなのです。

 小説は自由です。

 制約やルールがあるにせよ、そんな縛りは些末さまつなことです。

 起承転結や序破急などの流れだって無視したってかまいません。

 ただし、書いた小説を他の誰かに読んでもらうつもりなら、最低限の決め事は覚えておきましょう。

 それは順をおって説明していきます。

 まずはもう一度心に問うてください。

 あなたは想いを、小説という舞台で描きたいですか』


 小説の書き方、ノウハウ本は思っていた以上にたくさん出版されており、めぐりは驚く。

 その中から一冊を手に取った。

 作者は矢島やじま鈴子りんこ

 エンタテイメントから純文学まで、文学の枠組みを超えたその作品の数々は、国内はもとより海外数か国でも翻訳されベストセラーになっている。


 矢島鈴子はエッセイや紀行文も手掛けており、小説の書き方なる書籍まで出版していたのだ。

 めぐりは矢島鈴子の作品は読破しており、最も好きな小説家五人の筆頭である。


 図書室の本棚の前で読み始め、気がつくと閉館時間がせまっていた。

 書籍は十冊までしか借りられないため、この土日で読んだ本を二冊返却し、新たに借りたのである。


 小説を書く。


 そんな大それたことは考えたこともない。

 あくまでも好きな作家が書いた書籍を読むこと。

 なによりも至福の時間であった。

 それが同じクラスに、すでに小説を書いて発表している生徒がいることを知った。

 このことは衝撃であった。


 ではどうやったら小説を書くことができるのか。

 それに関心を持ったのだ。


 まずは大好きな矢島鈴子の指南書を、徹底的に読んでみようと思う。

 お弁当を食べる手が、たまに止まる。

 ノウハウ本でありながら、とても面白いのだ。

 気づくとお昼休みが終わるまで十分を切っていた。

                                  つづく

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