二話 「陰湿」

 午後は三時までかけて、高梨たかなし先生からこれからの一年間について説明があった。

 終礼のチャイムが鳴り、部活動へ行く者たちは張り切って教室を出ていく。

 新入生を勧誘するためにだ。


 めぐりはどこのクラブにも所属していない。

 家にもどって家事を手伝うためである。

 クラスの中はようやく解放された空気に包まれ、笑い声や、「じゃあねえ」、「また明日」など挨拶する声が混然一体となっている。


 めぐりは通学カバンとポーチを持って立ち上がろうとして、気配に顔を上げると三人の女子が立っていた。

 麻友子まゆことつるんでいた女子たちであった。


「あっ」


 めぐりはそれが癖なのか、小さく声を上げて目を伏せる。


奈々咲ななさきさん、だっけ」


 ひとりがやけに冷たい声で問う。


「は、はい」


「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いい?」


 なにを言いだすのだろうと、めぐりは座ったまま肩に力が入っていく。


「今日さ、お昼に女子全員でお弁当タイムしたんだけど、あなたはいなかったわね」


 もちろん女子全員ではないのだが、あえてそこを強調する。


「あ、はい、ごめんなさい。

 えっと、わたしもみんなと食べたかったんだけど」


 言葉を選びながら答えるめぐり。


「もういいわ。

 それよりもさ、あなたもSNSやってるでしょ」


「SNS、ですか」


「そう。

 それでね、私たち麻友子さんを応援してるんだけどさ」


 話の内容がさっぱり理解できないめぐり。


 応援ってなにを?

 九堂くどうさんって広報委員になった人よね。


 大袈裟なため息が聴こえ、顔を上げる。


「はあ、まどろっこしいわねえ。

 ちょっとスマホ出してみてよ」


 手を差し出した。


「わたし、スマホは持ってはいないので」


「はあっ?

 もしかしてもしかすると、ガラケーってこと?」


 呆れたような声。

 だがそのガラケーさえも、持ってはいなかったのだ。


 高校へ進学したときにかおるから「もう高校生なんだから、携帯電話くらい買ってもいいのよ」と言われたけど、「まだ必要ないから」と購入していない。

 これも家計節約のためであった。


「冗談でしょ、あなた、いつの時代の人間よ」


 見下したような声色で言われ、めぐりはうつむく。


「ないなら仕方ないわ。

 じゃあさ、家に帰ったらパソコンで」


「パソコンも、家には置いてないので」


 申し訳なさそうにめぐりは頭を下げた。

 鉛のような無機質で重い沈黙が、周りの空間に漂う。


「ちょ、ちょっと、マジ?

 携帯電話どころかパソコンも持っていないって」


「そんなのデタラメね。

 ようは私たちと、クラスメートとして仲良くなろうなんて思っていないのね」


「そんな化石女子とこれから一年同じクラスだなんて、正直ドン引きだわ」


 矢継ぎ早に馬鹿にされる。

 教室内にいた他の生徒たちも、興味深げに注目し始める。


 めぐりは諦めていた。

 実は一年生のときにも同じようなことを言われたのだ。

 携帯電話やパソコンを持っていないと説明すると、同じようにさげすまれてしまった。

 それでも悔しいだとか、恥ずかしいだとか、そんなことはこれっぽちも思ってはいない。


 情報を得るならテレビに新聞がある。

 活字好きのめぐりは、新聞はしっかりと目を通してから学校へ来る。

 それ以外の情報は、図書館がまさしく宝の山なのだから、不便さは感じたことはない。


 だからSNSがなんであるのかくらいは、もしかすると詰め寄る女子たちよりも詳しいかもしれない。

 明らかに敵視され始めていることだけが、辛かった。

 明日こそみんなとお弁当を食べようと決心していたのに、これでは多分無視されるのがおちだ。


「みんな、どうしたの?」


 そこへ麻友子がやってきた。

 耳をそばだてていたから、経緯はつかんでいる。


「麻友子さん、奈々咲さんったらあなたを応援するつもりはないって」


 めぐりは「えっ」と驚いて顔を上げる。

 だからいったいなにを応援すればいいの?


「かまわないわ。

 だって人それぞれ考え方はちがうしね」


「でもせっかく二組全員で応援しようって決めたのに」


 待って、どういうこと?


 めぐりは話の流れがまったくみえない。


「いいわ、みんな。私のためにありがとう。

 それよりも私は次のお話を、今夜中にアップするからお時間があれば読んでみてね」


 麻友子はさらりと髪を指先で流した。


「そうね、もう帰りましょ」


「だけど驚いちゃった。

 へえ、いるんだこの学校に、時代についていけない子が」

 

 麻友子は三人を従え、めぐりの席から去って行く。

 その様子をつぶさに見ていたのは恋歌れんかであった。

                                  つづく

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