第二章

一話 「仲間」

 食堂は広いが座席数には限りがある。

 当然のように三年生と二年生でほぼ独占状態であった。

 食堂のメニューは日替わりのランチと、麺類にカレーライスがある。

 遅れてきた一年生たちは席があくまで、入り口で列をつくって待っていなければならない。


「ああ、残念だったわね、麻友子まゆこ


 二組の女子は麻友子をふくめて七名がテーブルを陣取り、日替わりランチをつついている。

 ひとりがサラダを箸でつまみながら言った。


「まさか、あの志条坂しじょうざかさんが立候補するなんてさ」


 麻友子のとなりに座る女子が口を尖らせた。

 テーブルに置かれたトレイから目を離し、麻友子は細い目を動かす。


「仕方ないわ。

 さすがの私でもあの子には勝てないかもしれないし。

 それに、代議員でなくても広報委員ならなんとかなるでしょ」


「そうよね。

 だって麻友子には早く、書籍化作家になってほしいしさ。

 そのためにはもっとアカウントをつくってバンバン応援しなきゃね。

 いまでフォロワーはどれくらいだっけ」


「昨日まででようやく五百越えってところ」


 箸で味噌汁のカップを回す。


「さっそく今日からクラスのみんなにお願いしないと」


 ひとりの言葉に麻友子はキッとにらんだ。


「お願い?

 それは違うわ。

 だって私の書く小説は絶対にウケるんだから。

 むしろ私の作品を読ませてくれてありがとう、とても素敵だわって言われる立場なのよ」


「う、うん、もちろんそうよ。

 私たちだって麻友子、いえ、『城ノ内じょうのうちイリア』先生の恋愛小説はすっごく大好きだもん」


 麻友子はコップの水で唇を湿らす。


「私は絶対にプロの作家になる。

 だからまずは『小説ラウンジ』で、もっと知名度を上げてやるんだから。

 だけどあなたたちが協力したいと思うのは自由。

 クラスの中で私のフォロワーを増やしてくれるのは、ちっとも構わないわよ」


 麻友子はテーブルを見回した。


 ネット上ではさまざまな小説投稿サイトがある。

 大手出版社が母体になっているところ、あるいは個人で立ちあげているところなどを合わせれば相当な数だ。


『小説ラウンジ』はその中でも歴史は古く、登録者数で百万人を超えている。

 またこのサイトで公開されている小説は五十万件近い。

 素人作家がプロを目指す登竜門として、公募よりも手応えのある小説投稿サイトを利用することが、今や当たり前になってきているのだ。


 麻友子は中学生のころから小説を書き始め、『小説ラウンジ』を知ってからは『城ノ内イリア』のペンネームですでに二十作品以上公開している。

 使い始めたころはほとんど読まれることはなかった。

 ところがSNSを駆使してフォロワーを増やせば、読者が読者を呼ぶことを学んだ。


 以来、中学時代の同級生は無論のこと、桔梗が丘ききょうがおか高校へ入学してからも積極的にクラスメートに自分のフォロワーになってくれるように依頼する。

 またクラスでなんらかの委員の肩書を得れば、さらに積極的に声掛けできると踏んでいた。

 だから二年生になったら代議員になって、クラス中にフォロワーになるように仕向けるはずであった。


 それが思わぬ伏兵が現れたのだ。

 志条坂しじょうざか恋歌れんかであった。

 すぐに作戦を変更し、かろうじて広報委員に収まることができたものの、クラスでの発言力は未知数である。

 あとはここに集う応援部隊をいかに活用するか、であった。


 麻友子は頭を下げることを極端に嫌う。

 プライドの問題だ。

 小説には自信がある。


 私からお願いするなんて、とんでもないわよ。

 私のファンであるあなたたちが頑張ってくれないと。


 麻友子は鼻を鳴らした。


 ~~♡♡~~


 グランドのそこかしこでは、輪を作ったり、友人同士でベンチに腰を降ろした生徒たちが弁当やパンを食べている。


 校舎から広い南グランドへ下りるコンクリートの階段では、二年二組の女子たちが数人腰を降ろしていた。

 それぞれが持参した弁当を頬張っている。

 話題の中心になっているのは、恋歌であった。


「実はね、一年のときから、こうして恋歌さんとおしゃべりしながらお昼ご飯を食べたかったんだ。

 あっ、恋歌さんってお名前で呼んでも良かったかしら」


「ええ、もちろんよ。

 素直に嬉しいわ、そう言ってもらえるなんて」


「私も私もぉ! 恋歌さんって呼んじゃう」


 二組の女子二十五名のうち、十五名近くがこの輪に入っている。

 恋歌は中学生のころから異性はもちろん、同性からも好意を持たれる魅力があった。


 母の祖母、恋歌にとって曾祖母にあたる人は北欧ロシア人であった。

 その血が日本人離れした容姿を恋歌にもたらせているようだ。

 すらりとした長身に整った顔立ちは、モデルのよう。

 髪の色が黒ではない理由もそこにあった。


 また姉御肌の気質があり、慕ってくるものも多く、恋歌は常に中心に立つ存在である。

 女子たちは弁当を食べるよりも、早くクラスメートとして溶け込みたいのか、おしゃべりに夢中だ。


「恋歌さんの伯父さまって、有名な文学者だったかたなんですって?」


「ええ。詩人であり、大学教授だったわ」


 ニコリと微笑む恋歌の表情は、誰もがうっとりする。


「すごいっ。

 じゃあ恋歌さんも詩を書いたりするのかなあ」


 問われた恋歌はグランドに視線を向けて、「さあ、どうかしらね」と透き通った声ではぐらかした。

 興味深げな顔つきのクラスメートたち。

 恋歌は話題を「ところでみんなはどこの大学をめざしているのかな」と上手く変えてしまった。

                                  つづく

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