三話 「決定」
退屈な始業式が終わり、一年生から三年生の生徒六百人が体育館から教室へもどる大移動が始まった。
県下でもトップの進学率を誇る
ある程度は生徒の自主性を重んじる校風が代々受け継がれている。
さすがに新入生たちはほとんど誰も口を開かず、興味深げに渡り廊下から校舎を見上げたり、先に体育館を出た三年生や二年生の先輩たちを観察しながら歩いていく。
そういえば一年前のわたしも、心臓をドキドキさせながら先輩がたを見ていたな。
年齢はひとつかふたつしか違わないのに、なんだかもっと年上のお姉さんやお兄さんに写ってた。
もしかしたら、わたしもお姉さんに見られているかも。
めぐりは渡り廊下を歩きながら、すこしくすぐったい気持ちに苦笑した。
二年二組の教室では、午前中の時間を使って座席や各委員を決めていく。
「では座席を決める前に、室長だけ先に選出しよう。このあとの司会進行をお願いしたいからな」
「二組の室長は、仮の
二年生になり顔ぶれも変わったことで、まだ全員がクラスメートを把握していないだろうとの配慮からか、高梨先生は
全員賛成の挙手によって、周は仮から本決まりになった。
「吾平なら慣れているしな。
相談事があってもみんな話しやすいだろ。
では各委員を決める前に、席を確保しとこうか。
まあクジ引きもいいが、先生があらかじめ決めておいたから、その席へ座ってくれ」
ガタガタと椅子を鳴らして全員が指示された席へ移動をする。
着席したことを確認すると、高梨先生は周を教壇に手招きし、自分は窓際に置いてあるパイプ椅子に腰を降ろした。
「えーっ、それではぼく吾平がこの一年間、二組の室長を務めさせていただきます」
高梨先生と交替して、周は教壇に立った。
「周さん、よろしくな」
「吾平くん、頑張ってえ」
などと拍手とともに野次が飛ぶ。
周はニコリと表情をくずして片手を振った。
「それでは今から二組の各委員を決めていきます。
自薦他薦を問わず、我こそははと思うかたは挙手してくださいね。
まずは、生徒会にクラス代表として意見を持っていっていただく代議員からいきましょうか」
すかさずスッと手を挙げた女生徒がふたりいた。
「おっ、いいねえ。クイックレスポンス」
周はその女生徒たちに拍手する。
ひとりはウェーブのかかったミディアムヘアで、目鼻立ちがはっきりとした美形の女子だ。
髪の色がかなり明るい。
これはカラーリングではなく自毛のようだ。
「
中学時代は生徒会役員も経験していますから、クラスの代議員に立候補したいと思います」
恋歌は堂々とした態度で教室内を見回した。
もうひとり挙手した女生徒の細い目が一瞬
「立候補、おおいに結構だねえ。
はい、それではもうひとり、うん、きみも立候補かな」
周は手のひらを上向けてうながした。
女生徒は
「は、はい。ええっと」
必死に思案しているような表情を浮かべる。
目ざとく気づく周。
「
「えっ? はい」
「立候補してくれたほうがいいんだけどな。
それとも、誰かを推薦する?」
周の言葉に麻友子は大きくうなずいた。
「私も志条坂さんならクラスの代表として、最もふさわしいのではないかと思いましたっ」
言い終わるや否や、椅子を鳴らして腰を降ろしてしまった。
すかさずとなりに座る女子が麻友子に耳打ちするのを、めぐりは視界にとらえた。
麻友子は眉間にしわを寄せ、小さく首を振った。
すごいなあ。
これだけの人数がいるなかで、自分の意見を述べることができるなんて。
それに志条坂さんと同じクラスで過ごせると思うと、なんだか嬉しい。
一年生のときから、素敵な女の子だなあって思っていたもの。
勉強はできるし、運動だって抜群。
それに、とても綺麗でモデルさんみたい。
噂では、おばあさまが外人さんだって。
スラリとした背丈に西洋人形のような顔立ち、それに見合う柔らかそうな髪。
同じ女の子として、見習わなきゃいけないなと思う。
外見ばかりは仕方ないけど、志条坂さんの十分の一でいいから、なにごとにも動じない度胸が欲しいな。
めぐりは憧れの眼差しを向けていた。
「はい、どうもです。
ではクラスの代議員にほかに自薦他薦はありませんか?
ないかな。
それでは立候補してくれた志条坂くんに、代議員を任せてもよいと思うひとは、挙手を願います」
周は教壇に両手をついて教室をながめた。
「ありがとうございます。
全員の賛成をもって、クラス代議員は志条坂くんにお願いします」
恋歌は立ち上がって礼をする。
教室内は拍手で包まれた。
それから保健委員や美化委員等が、他薦で決まっていく。
「では残りふたつです。
広報委員、これについてはいかがですか?」
すると、麻友子に耳打ちした女子が手を挙げた。
「広報委員は、九堂さんがいいと思います」
「はい、ありがとう。
立候補するひとはいないかな?
では広報委員に九堂さんでいいと思うかたは、挙手願います」
これも全員の賛成で決まった。
「それではラスト、ですね。
体育委員。これはどうでしょうか」
周は窓際に座った高梨先生に顔を向けた。
「先生、ぼくはこの会議の議長ですけど、推薦するのは構わないですよね」
「ああ、もちろんだ。吾平は誰か推すのかな」
周はニヤリと口元を上げた。
「体育委員は文化祭と並ぶわが校の大イベント、体育祭に関してクラスの代表として活発な意見具申をしてもらう必要があります。
であるならば、運動部所属であることがふさわしいのではと。
弓道部の
周の言葉に孝蔵は「へっ?」と驚く。
めぐりも自分のことのように口を開けた。
「ちょ、ちょっと」
あわてる孝蔵を横目に、めぐりは思った。
孝蔵くんが体育委員。
でもたしかに体育祭を仕切る体育委員会は、運動系のクラブ員が多いような。
それに上層部は力任せで会議を推し進めるって、誰かが言っていたわ。
孝蔵くんは武道家だし、クラスの代表として嫌なことは嫌だってはっきり申し出てくれそう。
「いや、周な、俺はそんな柄じゃあないし」
「他にだれか推薦する人はいませんか」
孝蔵の反対を無視するように、周は教室内を見渡す。
「おい、待ってよ」
「いませんか。では決をとりまーす」
孝蔵はぶすっとした表情を浮かべ、両腕を組むと背もたれに背中を押しつけた。
ここで他の生徒を推薦することは可能だが、それはよしとしない。
なぜなら、逃げになるからだと考えたのだ。
武道の精神に反すると口元を引き締める。
結果は全員賛成であった。
めぐりも小さく賛成に挙手した。
ちらりと孝蔵に見られたような錯覚を覚え、すぐに手を降ろしてしまったけど。
めぐりの席は仮の席からひとつだけ前に決まり、しかも真横が孝蔵であったのだ。
周は室長ということで、これまた仮であった真ん中の一番後ろになっていた。
代議員の恋歌はど真ん中の席で背筋を伸ばしている。
たたずまいは女優のようだ。
どの位置から見られようと、存在感があるような雰囲気をかもしだしている。
「周の野郎、俺がそういうのは苦手だって知っていて意地悪しやがったな」
孝蔵は黒板前で話す周から目を逸らし、チッと舌打ちをした。
苦虫を噛んだような顔を窓際に向けると、隣の席に座る女生徒と目が合った。
つづく
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