二話 「相談」

 めぐりは教室へもどると、窓際の自席へ向かった。

 途中、何人かの生徒の視線に気づく。

 声をかけてきてくれるわけではない。

 多分中間考査の順位表に、めぐりの名前があったからだろう。


 孝蔵こうぞうの姿はない。

 しゅうもいないので、今ごろ職員室の前で確認しているのかと思われる。

 教室の中心の席に座っている恋歌れんかの姿があった。

 女子数名が取り囲んでいる。


「さすがは恋歌さんです。

 桔梗が丘ききょうがおか高校の文系で四位なら、メーダイはもちろんトーダイやキョーダイも狙えるからなあ。

 さぞかし勉強してるんでしょう」


「ありがとう、でもトーダイを目指すにはまだまだ勉強不足よ。

 いけたらいいわね」


「全国の模試でもトップクラスの恋歌さんなら、現役合格よ」


「もっと勉強しないと、それは無理ね。

 ああ、奈々咲ななさきさん」


 恋歌はめぐりの姿をみやり、声をかける。


「奈々咲さん、五位、やるわね」


 めぐりは突然のことに驚いた。


「い、いえ、ありがとうございます。

 志条坂しじょうざかさんも四位ってすごいです」


 小さな声でめぐりは頭を下げた。

 他のクラスメートはすぐに恋歌に顔をもどした。

 そこにめぐりは存在していないかのように。


 麻友子まゆこたちが広めたかどうかは定かではないが、めぐりは二組のクラスメートとは仲良くするつもりはないらしいと陰口を叩かれている。

 実際にほとんどしゃべらないし、お昼には瑠奈るな、つまり他のクラスの女子とふたりっきりで会っているのは事実である。


 どこかで歯車がかみ合わなくなっていることに、勘の良いめぐりは気づいているものの、自身で修復するだけのきっかけがつかめないでいた。


 六時限目、本日最後の授業を終えるチャイムが校内に鳴った。


「室長、お時間少しいいかな」


 恋歌が周の机に近づいてきた。

 袖をまくり、下敷きを団扇代わりにあおいでいた周。


「はいはい、もちろん。

 もしなんだったら場所を変えようか」


 周の言葉に、恋歌は笑みを浮かべる。


「恋歌さん、お先に」


「室長、帰るねえ」


 クラスメートたちは口々に挨拶し、教室を出ていく。

 恋歌は手を振りながら、周の前の席に座った。


「ここで大丈夫よ。

 恋の告白をするわけではないので」


「おや、それは残念。

 まっ、それは別の機会にということで。

 さて、なんでしょうか」


「先日の生徒会で、ある決議が行われたの」


「決議?

 ほう、なるほど」


 周は楽しそうに机に両肘を乗せた。


「じゃあな、周。

 道場へ行くから」


 通学バッグを持った孝蔵が声をかけた。


「またな、孝蔵」


 周はウインクする。


「さよなら、三船みふねくん」


 恋歌も片手を振った。

 その横顔をながめながら、周はあらためてその魅力に感心する。

 先ほどは冗談めかして言ったものの、以前から異性として恋歌を意識していた。

 といっても、周が恋歌を恋人にしたいわけではない。

 勝気だけど誰とでも打ち解ける明るい性格、そして何より抜群の容姿。

 それに頭脳明晰。

 これほど素敵なレディは、孝蔵のような武骨な男にピッタリじゃないか。

 周はそう思っていたのだ。

 だからジッと、恋歌の深く澄んだ湖のような瞳を見つめている。


「えーっと、室長。

 聞いていますか、私の話を」


「うん?

 もちろんしっかりうかがってますよ、志条坂くん」


 周はとっておきの微笑みを浮かべた。


 ~~♡♡~~


 母と妹との夕飯を終え、一日の汗をシャワーで流した孝蔵は自室のベッドに寝転がり、世界史の教科書に目を通していた。

 自宅は地下鉄の駅近くに建つマンションである。


 父親はメガバンクと呼ばれる銀行勤務で、現在は単身赴任中だ。


 小学三年生のときに、両親がローンを組んで購入した四LDK。

 そのとき初めて転校生とはどんな気持ちを抱いているのかが理解できた。

 通常金融機関に勤めるサラリーマンは二、三年に一度の割合で転勤がある。

 孝蔵の父親は幸運なことに、この天白区てんぱくくのマンションから通勤圏内の支店への転勤が続いていた。

 そのため孝蔵は、転校を一度しか経験していない。

 四つ下の妹は運よく小学校へ入る前であったために、転校を経験することはなかった。


 南向きの六畳間が孝蔵の城である。

 Tシャツにスエットの下だけ履いてくつろいでいる。

 ジーッ、ジーッと勉強机に置いてあるスマホが着信で振動した。

 孝蔵は壁に掛けてある時計に目を向ける。

 時刻は間もなく十時半だ。

 液晶画面を見ると、「周」とあった。


「はい、俺だけど」


「おおっ、悪いな、孝蔵。もう寝ちゃったりしてたか」


「こんな時間に寝るかよ。で、何の用なんだ」


 スマホを耳に当てたまま、ベッドに座り込む。


「中間考査、お疲れさん。さすがだな、文系一位」


「ああ、まあな。

 おまえには負けないよう日々努力しているし」


「ふふっ、秀才孝蔵くんの盟友を自他ともに認めるぼくが、遅れをとるものか。

 期末の考査では、輝かしい一位をいただく予定だ」


「ふん、そうか。

 じゃあな」


「いやいや、ちょっと待った。

 用事があって電話したんだけどなあ」


 孝蔵はニヤリとした。


「冗談だ。

 続けてくれ」


「頼むわぁ、孝蔵。

 それでな、今日の帰りに志条坂くんが、ぼくの席に来ていたのは知ってるだろ」


「うん、いつになく楽しそうな周を、しっかり記憶したよ」


「待て待て。

 ぼくはな、あくまでも二組の室長として対応していただけだ」


 孝蔵はスマホを持ちかえる。


「で、室長殿に何を相談されていたんだ」


「今年の体育祭な。

 生徒会も積極的に関与することに決まったんだって」


 孝蔵は眉をしかめた。


「だって、体育委員会と生徒会って昔から油と水、犬猿の仲だろ。

 体育祭は体育委員会が仕切る代わりに、文化祭は生徒会が主導権を握るってことじゃなかったのか」


「そこなんだ。

 実はな」

                                  つづく

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