第六章
一話 「級友」
「はい、なにかご用でしょうか?」
「あのさ、さっき全員に広報委員として伝えたんだけど」
「あっ、弓道大会の件」
「そう。
それでさ、あなたももちろん応援にいくよね」
「えっと」
「私たちは、もちろん行くんだけどさ。
どうせなら一緒に待ち合わせして行こうかなって、相談してたんだ」
「はい、そうなんですか」
「あなたも一緒に行かない?」
めぐりは驚いた。
まさか誘ってもらえるなんて思ってもいなかった。
それも、相手は教室内でめぐりを最も疎外視している麻友子なのだ。
だから確認した。
「わたしを、誘ってくださってるのですか」
「そうよ。
だって、クラスメートじゃない」
「ありがとうございます。
嬉しいです」
いったいどうしてわたしなんかを?
めぐりは戸惑った。
それでもクラスメートと言ってくれた言葉は、素直に心に喜びをもたらせた。
「それでさ。
ああっ、そうだった。
あなたは携帯電話持っていなかったんだよね」
ふくらみかけた風船が途中で止まる。
「いいっていいって、誰にでも事情はあるから。
それならさ。
待ち合わせ場所とか、今決めちゃおうか」
麻友子は意外にもそう言うと、めぐりを取り囲むようにいる女子たちの賛同をうながした。
「うん、いいよ」
「えっとぉ、スポーツプラザは地下鉄の何線だったっけ」
めぐりはワイワイ言い合う間にはさまれ、大きな目を動かす。
これが当たり前の教室風景であると感じた。
今まではわたしが機会をつかまなかっただけ。
こうしてクラスメートとして認識されれば、もっといっぱいみんなとお話しできるようになる。
女子トークなんて、少し照れくさいけど。
桃色に染まる頬に笑顔が浮かんでいる。
大会は午前九時から始まるが、
「ではそういうことで、十一時に地下鉄を上がったところにある記念像だったっけ? あの前に集合ってことでいいかな。
スポーツプラザには歩いても十分かからないから、ちょうどいい時間よ」
「うん、了解」
「他の学校も来るからなあ、ちょっとおしゃれしていかないと」
「でも学校の規則では、運動部の応援へ出向くさいには制服着用のことってあるからね。
お化粧くらい、大丈夫か」
「またそれ? あくまでも
笑い声が起こる。
めぐりはほとんど会話には参加できなかったけど、それでも嬉しかった。
麻友子はもうひとつ、提案した。
「予選を通過したらさ、お昼をはさんで午後から本戦なのよね。
それで考えたんだけど、みんなでお弁当を作って差し入れなんてしたらどうだろう」
「わたし、賛成ですっ」
めぐりの即答に他の女子は少し驚いたが、もっとびっくりしたのはめぐり自身であった。
日頃から
むしろ好きだ。
それにわたしが作ったお弁当を
そんなチャンスなんてないと思っていたから。
お口に合わなかったらどうしよう。
ああ、作る前からそんなネガティブになっちゃダメ。
だからすぐに反応したのであった。
「いいかもしれない」
「相手が
「だからあ、今回は三船くんを含めたわが桔梗が丘高校弓道部の応援なんだからね」
麻友子は腕をくんでたしなめる。
「いちおう役割分担しておきましょう」
それから全員廊下で立ったまま、当日のお弁当にいれるおかずについて、雑談を交えながらあれこれと続いた。
「それで決まりね。
じゃあ
めぐりはお握り担当のひとりに任命された。
少なくとも四、五十人くらいの分を作る必要があるから、お握りはめぐりと他のふたりで、ひとり三十個は持って行くことになる。
家の炊飯器だと、三回くらいご飯を炊かないといけないな。
あっ、その前におかあさんに言ってお米を購入しなきゃいけない。
滅多にないことだから、了承してくれるかなあ。
その分、今月はわたしのお弁当のおかずを減らしてもらえばいいし。
めぐりは初めてクラスのメンバーと和気あいあいとおしゃべりできたこと、孝蔵の試合姿をこそこそ覗き見するのではなく、クラスメートとして堂々と応援にいけること、そしてなにより手作りのお弁当を届けることができることに、心がときめいた。
~~♡♡~~
薫は満面の笑みを浮かべて、快く了解してくれた。
「じゃあ明日はお米を仕入れにいこうか、めぐ」
「おかあさん、ごめんね」
夕食の後片付けを手伝いながら、めぐりは申し訳なさそうに頭を下げた。
シンクで洗い物をしながら、薫は意外そうな表情を浮かべる。
「どうしてあなたが謝るの?」
「だって、お米は結構高いから」
薫は手を止め、めぐりの顔をのぞき込んだ。
「なに言ってるの。
せっかくクラスのみんながめぐを誘ってくれたんでしょ。
おかあさんはすごく嬉しいよ。
お米は大丈夫。
これでもあのスーパーでは、一目置かれている立場なのよ。
社員価格で店長に交渉するし、そんなことを気にしないでちょうだいな」
「ありがとう、おかあさん」
「そうだ、海苔も用意しなくちゃね。
具はなにがいいかなあ。
お友だちは男の子も多いのだろうから、梅干しだけってわけにはいかないし。
ああ、なんだかおかさんまでワクワクしてきちゃった」
めぐりははにかみながら、孝蔵が一心不乱にお握りを頬張ってくれる姿を思い描いた。
~~♡♡~~
勉強机に小説専用のノートを広げ、万年筆で物語の続きを書く。
すでにノートの大半は、めぐりの紡いだ文章で埋まってきている。
机の目覚まし時計は午後十一時半を指していた。
めぐりが書いている小説は、恋愛物である。
主人公の女子高生と、想いを寄せる男子とのお話だ。
小学生のころからずっと好意をいだいていた男子と、偶然同じ高校に入学し、二年生になって夢にまで見た隣同士の席になった。
つまり現実を、ほぼそのまま投影している。
ただ違うのは、主人公の女生徒はおとなしいモブキャラではない点。
書道部の副部長で、とてもチャーミングな可愛い女の子と設定している。
相手の男子は現実と同じ弓道部員。
明朗快活な性格で、女子からモテモテの男子としている。
これは
「キャラクターが勝手に動き出すなんて、そんなことあるのかなって思っていたけど」
つぶやきながら万年筆を動かしていく。
登場人物には、もちろん架空の名前をつけている。
ストーリー上まだ主人公の女子はは告白をしていない。
想いを伝えるのは、もっとエピソードを踏まえてからだ。
色々な障害が待ち受けている。
現実であれば、間違いなく心が折れそうだ。
それにこの文章は、孝蔵に対するラブレターを書いているわけではない。
あくまでも小説なのだから。
リアルな世界でこうなったら、どれだけ嬉しいだろうと夢をこめる。
主人公の心は強いのです。
そのために、乗り越えられそうにない壁だって用意するわ。
彼女は、必ずクリアするから。
ゴールを目指して歯をくいしばり、どんな困難だって笑みを浮かべて突き進んでいくのだから。
小学校のリレー競技のときを思い出す。
めぐりがバトンをつなぐために走ってくるのを、孝蔵は手を差し出して待っていてくれた。
でもこの物語では、バトンを渡して終りではない。
男子が女子の手をしっかりと握りしめてくれ、そこからはふたり一緒になって、けして手を離さぬように走っていく。
ひとつひとつの文字を丁寧に書いていく。
小説を書くことは、とてつもない労力と精神力が必要であるが、めぐりは疲れなど一切感じない。
水をえた魚のように、自在に文章を組み立てていく。
全身全霊をかけて、持てる力を惜しむことなく発揮できる対象に、ようやく出会ったのだ。
今まで読んできた本が、すべてめぐりの強い味方になってくれている。
それもどこかで目にしたような文章ではなく、めぐりの中で長らく熟成し、化学反応を起こした、まったく新しい文章として。
物語のなかのわたし、がんばれ!
現実のわたしにはとうてい無理なことばかりだけど、あなたならできる。
必ずその恋を実らせることできる。
わたしが応援するから。
なんの取り得もないわたしだけど、絶対にあなたを裏切らない。
だからがんばれ!
流した涙は辛いだろうけど、それは必ずあなたの勇気になるのだから。
めげちゃだめ。
あなたが大好きなあのひとと、いつか肩を寄せ合って歩いていけることを信じて、がんばれ!
想いがあるかぎり、神さまはいつかうなずいてくださるのだから。
大好きであることを、あきらめないで。
胸の奥に燃えるあなたの想いを届けてください。
現実のわたしがこんなだからって、心配しないでください。
一生懸命エールを送ります。
わたしが孝蔵くんを想う気持ちは誰にも負けません。
わたしからのバトンを受け取るまで孝蔵くんは、のどを
がんばれって。
わたしも、あなたがあの人に想いというバトンを渡すまでけっして目を離しません。
だから、がんばれ!
つづく
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