二話 「闘志」
ナゴヤの夏は暑い。
いや、蒸し暑いと表現したほうがいいだろう。
湿度が半端なく上昇する地域なのである。
めぐりは高校までとは変わり、役所では同年代の女子たちとよく食事したりお茶の時間を一緒にする。
高校時代にこうしてクラスメートとどうして仲良くできなかったのかと、自省することしきりである。
隣の女子職員が「
飲み会のお誘いらしい。
めぐりはほとんどお酒を飲まないが、薫から「めぐもさ、もう二十歳をとうに越しちゃってるんだから、お酒のお付き合いがあったらドンドン参加しなきゃ」などと言われる。
体質的にアルコールには強いようだけど、進んで飲みに行こうとは思わない。
酩酊状態では、小説は書けないから。
そうはいえ、三回のうち一回はお誘いを受けるようにはしていた。
「ありがとう。
でも今日はちょっと、ゴメンね」
「ああ、いいよそんな。
奈々咲さんがいると、なんだか席にパッと可憐な花が咲いたみたいで、いい雰囲気になるのよねえ。
本当にチャーミングだもん」
「やめてください、意地悪言うのは」
頬を赤らめる。
すると前の席に座る三十歳代の男性も同調する。
「いや、それマジよ、奈々咲くん。
まあこの部署の女性は全員美しいんだけど、奈々咲くんは群を抜いてるから」
「ああ、それってセクハラァ」
笑いながら隣りの女子が指をさす。
めぐりは半笑いのまま、帰り支度を始めた。
今夜は書き上げた小説を推敲して、それをプリントアウトする予定であった。
近ごろでは電子応募を採用し原稿を郵送しなくてもすむ賞が多くなっているのだが、『月刊BUNGEI』は今もワープロ印字した原稿しか受け付けていない。
だからその作業が必要であった。
少し早い時間だったので途中で地下鉄を下りて、全国展開している書店へ寄ってみた。
読書熱は相変わらずで、本当は購入したいのだけれど、部屋に溜まる一方だと考え、今でも休日には図書館へ行って読みたい本を借りている。
本好きにとってはたまらない、大型書店をぶらつくのは気分転換になっていい。
雑誌から文庫本、辞典に図鑑、ありとあらゆる本が並べられている。
図書館とは違い、刷りたての匂いがこもっている店内。
小説の棚へ足を向ける。
いつかこの棚に、わたしの書いた小説が並んだら嬉しいな。
誰か見知らぬひとが手に取ってパラパラってページをめくり、ひとつうなずいて大事そうに胸に抱えてレジ前に並んでくれるのです。
そのためにも今回は今まで以上に力を注いで、一文字一文字に想いを乗せて書き上げました。
新人賞には何百何千っていう書き手のみなさんが、想いをこめて紡いだ小説が応募されます。
わたしは、負けません。
今回がダメでも、いつか必ず賞を獲ってみせます。そして、プロの作家になってみせます。
めぐりは立ち並ぶいくつもの書籍から、「頑張れ」とエールを送られるような気持ちで書店を後にした。
~~♡♡~~
「あっ、
「おっと、奈々咲、ちょっと待ってな」
スマホから、元気のいい
時計の針はまもなく午後六時半を回るころ。
めぐりは団地に最も近い地下鉄の駅から自宅へ戻る途中で、どうしても瑠奈の声が聴きたくなって電話をした。
「お待たせお待たせ。
元気にしてるか、奈々咲」
「お陰さまで、毎日元気ですよ。
二井原さんは大学院で忙しいのでしょ」
「まあな。
でも楽しいぜ。数式と格闘するのはさ。
たまに研究室の屋上で、ラッパを吹き鳴らしてやるんだ」
「えっ、トランペットをですか」
「そうさ。
夕陽に向かって吹くとな、これがたまらなく気分爽快になるんだぜ」
「うふふ、二井原さんは相変わらずですね。
それでね、今回いよいよ挑戦してみようかなって思って」
めぐりは歩きながら、柑橘色の夕映えを瞳に映す。
「ということは、あれだな。
この前メールで送ってくれた最新作を、新人賞に応募するんだな」
「はい、今夜もう一度推敲して送ります」
「ウチはさ、奈々咲の小説を今までたくさん読ませてもらったけど、この新作は今までで最高によかったぜ!
ああ、待ってくれ、ストーリーを思い出したら涙が」
電話口から、ズズッと鼻をすする音が聞こえる。
「あの月刊誌はウチも読んでるんだけど。
あそこの新人賞は、相当難しいらしいな。
だけど商業作家としての登竜門としては一番確かだって、どこかで読んだぜ。
この新作で、いよいよデビューだな!」
「はい。
瑠奈さんがそう言ってくれると勇気がでます。
結果は来年の春までわからないけど、チャレンジしてみますね」
めぐりは親友と言っても差し支えない瑠奈と話ができて心が弾んだ。
その瞳には、闘志がみなぎっていた。
つづく
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