四話 「会場」
パーティは、宴たけなわである。
大広間からは重たいトビラは閉じられているものの、大勢の声がロビーにまで聞こえてくる。
「ふうっ」
今日の主役である
少し頬が赤く染まっているのはアルコールの影響ではなく、まだ緊張感が解けていないようだ。
会場のトビラがゆっくり開いた。
とたんにこもっていた喧噪が一気に飛び出してくる。
白坂夕子は、ソニックブームをくらったように驚いた。
「先生、お疲れの様子だけど、大丈夫?」
心配そうな表情で近づいてきたのは、授賞式が始まる前に一緒に立っていた若い男性であった。
「あっ、平気です。
少しお酒をいただいてしまいましたから」
顔の前で手を振る白坂夕子に、男性はうなずく。
「本当は先生が会場にいなければまずいんだけど。
少し酔い覚ましに、外の新鮮な空気でも吸いませんか」
「はい、いいですね」
男性はエスコートするように歩き出した。
ホテルの大広間から出ると空中庭園があり、ベンチも設置してあった。
「先生、お茶かジュースでも?」
「いいえ、ありがとうございます。
今は大丈夫です」
白坂夕子は西から射す夕陽に、目を細めた。
「綺麗な夕焼けです。
わたしはあのグラデーションが大好きなのですよ」
「たしかに、美しいなあ」
ふたりはベンチに座って
庭園の下方からは、都会のうずまく音が聞こえてくる。
「わたし、未だに夢を見ているのじゃないかなって、思います」
「現実ですよ。
先生は、先生の紡がれた小説は読むひとの心を動かします。
世界観や人生観さえ変えてくれる、本物の小説だ。
あの
男性は続ける。
「でもこれからです。
先生が世に送り出した小説は、まだたったの二冊だけ。
これからは第一回
「わたしに、ですか?
それこそ夢みたいです。
でも、もっともっと書きたいなって思います」
「もちろん、わが『
真面目な顔で頭を下げる。
「嬉しいです。
この賞に恥じないように。
矢島先生に追いつけるように、わたしは頑張ります」
「それでこそ白坂先生だ。
今からワクワクします。
どんな新しい世界を見せてくれるのか、本当に楽しみだ」
男性はそう口にしたあと、眉間にしわが寄っていくのがわかった。
苦悩、とも判断できそうな表情を浮かべた。
「えーっと、どうかされましたか。
わたし、なにか変なことを言っちゃいましたか」
白坂夕子は男性の変化を読み取った。
「いえ、違います。
実は」
「はい」
「い、いや、でもやっぱりこんなときに口にすべきじゃないか」
「わたしなら大丈夫ですよ。
ここまでわたしを引っ張ってくれた、恩ある編集担当者さんなら。
そう、一蓮托生って」
ニコリと微笑むその笑顔に、男性はさらに思い悩んだ。
「白坂先生。
今からぼくの話をします。
途中で遮ってくれてもかまわない。
ただの
ただ、どうしても話をしたかった。
先生の著作を、誰よりも最初に拝読したぼくは、どうしてもこの心に引っかかるわだかまりを、先生にお話したかったのです」
「はい、最後まで聞かせてください。
どんなお話でもしっかりと拝聴します。
だからどうぞ遠慮しないでください、三船さん」
つづく
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