4-6 断言と苛立ちと遠い日の記憶

 その言い切りは、かなめには眩しく見えた。


「少なくとも、僕は抱くよ?」


 今や数少ない友人の一人になった男、開辰巳ひらきたつみは。はっきりとそう言ったのだ。


「俺には難しいな。なぜそう言い切れる?」


 いっそ酒に逃げてしまおうか。いや、それをやるとこじれるな。イタリアンファミレスの片隅で、安い料理をつまみながら。要は言葉を返した。混み合ってはいないが、近くに客もいる。声は常に控えめだった。


「だって、自分の意志は。自分にしか決められないんだぜ? 大島のその態度は、周囲に左右されている。周りや世間が軸になってるんだよ」


 ウーロン茶をあおりながら、開は答えた。そしてもう一つ。今度は声を落として。


「だいたい、僕で分かるでしょ? 周囲の人が軸だったら、僕はとっくに婚約破棄してるよ。まあ、その場合。上手く立ち回らないと彼女の血肉だけどね」

「どんだけ危ないんだよ……」

「さあね?」


 開は軽く笑って受け流した。



 おっと、そろそろ危ない。ん。じゃあ、また。

 そんな会話を最後に、開と別れて。要はのたりと、家路へ向かう。空は暗いままで、月はわずかに雲の隙間から。穏やかに地上を照らしていた。

 そういえば。会話に夢中になって、スマートフォンを見ていなかった。要は恐る恐るスマートフォンを取り出し、画面を灯す。そこには。


「あちゃあ……」


 春野彼方はるのかなたからの、複数回の着信が通知されていた。



「おお、大島! 無事だったか!」

「すみません!」


 電話越しなのに、思わず頭を下げてしまう現象。これ、名前ぐらい付いてそうだな、と。要は思った。ともあれ、原因は予想がつく。


大介だいすけ君、ですか」

「ああ。『一度クビを切ったけど、次からも普通に来て欲しい。そう伝えといて下さい』だと。お前、なにをやった?」

「え?」


 大介の心変わり。原因として思い当たるのは、幼馴染への通告だった。


「輝はずっと、幼馴染のままなんだ」


 そう言い切った。慈悲もなく、告げた。すると、大介の。想いは……。


「……あらましを、話します。複雑じゃないけど、難しいので」


 要は決断した。帰宅が遅くなっても、やるべきことがある。が。


「無用。大島。お前は真面目過ぎだ。簡単な話なんだ。『大島要おおしまかなめが、誰をどう思っているか』。それだけなんだ」


 今日一日で。何度同じことを言われるのだろう。

 春野の発言を遠くに聞いて。要は別の思考を脳内に浮かべた。

 みんな言いたいことは一緒だった。最後は、要の意志だと。

 きれい事じゃないか。

 要は思う。


「大島、聞いてるか?」


 ああ、うるさい。先輩の声なのに、うるさい。今日は似たような話を、他でも聞かされてるんだ。

 要は苛立つ。思考を更に、遠くへ運ぶ。


 そもそも、なんで自分は。しずくの意志を大事にしようとしているのか。いくら叔母さんの信頼があったとはいえ、自分を守りたいのなら。突き返せば良かったはずだ。でも、手元に置いた。誘惑されるのは、その前の言動でわかっていたのに。


 よおおおおにいいいいい……。


 顔を上げる。周囲を見渡す。声が、聞こえた気がした。泣きべそ混じりの声。いつかどこかで。記憶をたどる。


「大島?」


 異変を察知したのだろうか。春野も話を止めた。要は、スマートフォンを口元へ運ぶ。


「すみません。少しきっかけを思い出しました。ありがとうございます。また」


 聞き流していたことは伏せ、感謝だけ告げて。


「ん? 大島? おい!?」


 春野の声を無視して、通話を切る。もう一度、耳を澄ました。


 よおおおにいいい!


 まただ。聞こえる。そうだ、この声は……!


 要の記憶が、声の正体を捉える。確か、八年前。雫と、袖ヶ浦そでがうら家の近くにある森へ遊びに行った時。うっかり目を離して、雫とはぐれて。

 そして。要は。


「ああ、そうだった。俺は……」


 思い出す。

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