第三話 大島要、春野彼方の導きで職を得ること

3-1 マッサージと生ぬるい夢と突然の電話

 昼下がり。大島要おおしまかなめを襲った責め苦は、あまりにも恐ろしいものだった。


「ここかなー?」

「っ……。く、あああっ!」


 袖ヶ浦雫そでがうらしずくの手が、しなやかに動く度。要は声を抑え切れずに喘いでしまう。


要兄ようにい。声を出し過ぎると、他のお部屋に聞こえちゃうよ?」

「そう言われても……。ああっ!」


 雫は鈴の鳴るような声で要に我慢を促すが、要は耐え切れずに声を上げてしまう。それほどまでに、雫の責めは上手だった。


「んー。こっちかなー?」

「うぐぅっ! もう、やめ……」


 限界が近い要は、雫を止めようとする。しかし雫の、白魚のような指の動きは。とどまることを知らず。背中の一際凝っている所に突き刺さり。


「こっちね!」

「いぐううううう!」


 哀れ要は絶叫してしまった。


 

 数分後。


「はあ、満喫した~」

「ぐすん。もうお婿さん行けない」


 タオルを片手に泣く要の横で、雫の顔はやたらテカテカしていた。ちなみに、いかがわしいコトではない。マッサージを受けていただけなのだが、妙に上手かったのだ。おかげで、恥を晒してしまった。


「私が貰ってあげるし、いいじゃない。効いたでしょ?」


 Tシャツ一枚の雫が、要の肩にひっついてくる。柔らかい感触。耳元の、涼やかな声。あの外出と酒盛り。そして翌朝の異常事態から、早くも二週間が過ぎていた。


「効いたけど……」


 払いのけるでもなく、要は答える。前半についてはスルーした。慣れた、というよりはエスカレートさせたくなかったのが本心だ。ヘタに邪険にすると、より危険な方法を使われる。経験が、要をそうさせていた。


「よろしい。要兄も、体が気になってたなら言ってよね。おデブな要兄でも良いけど、カッコいいほうがより嬉しいし?」


 離れた雫が、上目遣いで要に言う。要にも、分かる。雫は本当に。そう思っているのだと。


「あー、すまん……。せっかく美味い飯作ってもらってたから、つい」


 だから要は、素直に謝る。雫の美味しいご飯は魅力的で、失いたくなかったのだと。


「まったく。まあ、ご飯は頑張るけど。こっちもね?」


 シャツの上から腹を摘まれ、要は軽くうめき声を上げた。



 外では雨が降っていた。春の長雨である。外出する気もなくなる上、憂鬱になる光景だった。


「……いつまでもこうしてる訳にはいかないな」


 雫は昼食の片付けに台所へ立ち、要は居間で寝転んでいた。天井のシミを数えても、状況は変わらない。


「叔母さんが雫に結構な仕送りをくれてるとはいえ、俺まで甘えるのはおかしいはずだ」


 同居が決まった頃から、くすぶっていた思い。だが、実行には移されていなかった。


「外が怖い訳じゃない。安全策を選びたいだけだ」


 要は自分に言い聞かせていた。しかし同時に、諦めてもいた。働きに出れば、知人友人にかち合ってしまうかもしれない。その時、なにを言われるのか。悪い噂や自主休講を、責められはしないか。恐怖が身体に、こびり付いてしまっていた。

 それならいっそ。この家で。雫に励まされながら生きていた方がいいのかもしれない。生ぬるい夢の中で、フワフワしててもいいのかもしれない。


 そんなことを思っていると、要のスマートフォンが鳴り出した。机の上に置いていた。


「誰だよ……。ここ数ヶ月、一度も鳴ってねえのに」


 いや、実際には無視していただろうか。ともかく、身を起こす。画面をタップする。慌てていたのか、相手の確認を忘れていて。


「おお、大島。出てくれて良かった。いや、今でも大学は休んでいるのか?」


 女性にしてはやや低い声。春野はるのだった。この人まで、責めてくるのか。一瞬、胸の奥が縮んで。


「ああ、言い方が悪いか。済まない。ちと用がある。雫嬢も一緒に、飯でもどうだ?」


 しかし要の耳に響いたのは、意外な誘いだった。

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