2-7 打ち明け話と謝罪と添い寝

 場に沈黙が訪れた。

 きっぱりとしたしずくの物言いに、春野はるのも二の句が告げていない。かなめは、そっと身を縮こまらせた。いっそ、寝てしまえたら楽なのに。


 少して、春野が口を開いた。


「大島は、恵まれているな。君のような子がいて、良かった」


 一瞬の間。その後。再び春野の声。


「私が大島と出会ったのは、だいたい一年前だ」


 今でも覚えている。一目惚れだった。颯爽としていた。あまりにも格好良かった。


「同じサークルで、バカにも誘った。一晩飲み明かしたこともある。……決してなにもなかったから、そんな顔はしないで欲しい。せいぜい全員で雑魚寝した程度だ」


 要は思い出す。夏の日。車座で酒を交わした夜。あぐらで堂々と振る舞う姿も、良いものだった。惚れた弱みだったのだろうか。


「たしかに私は他人を可愛がる。ただし、可能な限り平等に。ハグは……海外が長くて、ついな」


 要は、心の中でうなずいた。先輩は、人を勘違いさせる天才だった。人気のない場所で告白されているのを、偶然目にしたこともある。フラれていくさまも。なのに。


「そして私は、大島に告白された。去年のイブだった。予想はしていたよ。他でも何回かあったし。そういう奴のする目を、大島もしていた」


 バレていたのか。要は、気付いていなかった。ダメ元。せめて打ち明けておきたい。そう思っていたのは、事実だけども。イブを選んだのは、自分に勢いをつけるためだった。


「フるのは、決定事項だった。私は、私が主体でありたい。誰の告白でもそうすると、決めていた」


 思い出す。そうだった。この先輩は、ハッキリとそう言って。慰めるように、肩を叩いてくれた。雪と寒さに紛れて、別の意味で震えていたけど。


 どちらかが立ち上がったのか、足音が耳に入った。その後のセリフと飲み物のやり取りからして、家主の方だったろうか。


「大島が引きこもった、というのは。風の噂に聞いていた。卒業式近辺では、大学にも顔を出したからな」


 再び、春野が語り出す。要が引きこもったのは、春野のファンクラブに異様に責め立てられたからだった。要はファンクラブの存在を知らずに告白に挑み。年明けになって、その狂気に晒されたのだ。

 「抜け駆け」「筋を通していない」と複数人に囲まれ、なにを言っても聞く耳を持たず。挙句の果てに過去を曲解され、「惚れられた女を数日で捨てた」などと悪評をばら撒かれた。

 あまりの仕打ちに、要は恐怖し、疲れ果て。自主休講。そのまま自堕落に陥ったのだ。


「悪いことをしたと思っている。まさか私の行為が原因で、こんなことになるとは。過去の告白者についても調べてみれば、陰に陽にそんな事になっていたという。うかつだった」

 

 それきり二人に、言葉はなく。少しして雫がトイレに立ち。


「大島、狸寝入りならもう少しうまくやれ」


 要は、注意をされて縮こまり。そのうちまた、意識が遠くなった。



「……。え!?」


 翌朝。カーテン越しの太陽で目覚めた要は。両隣の柔らかい感触に気付いて、唖然とした。

 漂う甘い香り。裸にされていて。左右を見れば、柔らかい感触の正体は。美人と、美少女。生まれたままの姿。綺麗な胸と、豊かな胸。要を挟んで。川の字になっていた。


「え? 俺、やっ」

「添い寝だ、安心しろ」


 うっかり声を上げかける要に、春野の小さな声が刺さる。あ、そうか。昨日はあれから、泊まったのか。ベッドが、ふかふかだった。


「え、なんで……」

「ドッキリ紛れの罪滅ぼしだ。私が誘った。せめて一緒に寝てやるといい」

「え、ちょっと」


 抗議の声を上げようとするも、春野は足早に去っていく。遠くなる足音に、要はついに諦めて。


 「……密着は無理だが。せめて」


 雫の横に眠り、そっと頬を撫でた。



 第二話・完

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