3-2 高級店とお着替えと開幕絶叫

 数時間後。郊外に建つ高級洋食店の前に、かなめしずくの姿はあった。この場所に来いと、春野彼方はるのかなたの指示を受けたのだ。


「……先日の小洒落た店より、更に別世界だな」


 要は思わずぼやく。城塞を思わせる店の外観は、風格に満ちていて。要は、自分にはとても場違いだと考えていた。

 白を貴重とした建造物は物々しさが少なく、いかにもな高級感を放っていて。雨上がり、夕暮れの色を跳ね返して。ほのかに赤い。趣きのある光景だった。


「ホントにね」


 雫の口からも、同意のセリフ。要は慌てて、隣の少女を見る。よく見れば、雫も口が開いたままになっていた。自分ばかり見過ぎていたと、要は恥じた。


 その時である。遠くから車のエンジン音が轟いた。それも重低音。四輪駆動の、タフな音楽である。


「おおい、二人共乗ってくれ。特別サービスで服を貸してやる」


 電話口と変わらぬやや低めの声。あからさまに特別仕様の、長大なワゴン車。その主は、二人をこの場へ呼び出した張本人であった。



 駐車場に運ばれ、事の顛末を告げられる。そしてドレスコードに沿うべく、お着替えタイムへと移行する。先に要が乗り、春野の指導を受けながらスーツを着、髪を整えていく。


「家庭教師の、顔合わせ……。仕事のアテを探してくれていたなんて……。ありがとうございます」

「罪滅ぼしだ。それ以上でも、それ以下でもない。大島が違うのなら、考えねばならんが」

「そうですね……」


 言われて要は考え込む。だが、案外結論は早くに出た。


「今でも憧れはあると思います。でも、焦がれる気持ちには。あの日でケリが付きました」


 よどみなく紡がれた答えに、要は驚きつつも納得していた。



 着替えが終わり、雫が入れ替わりで車に乗って。要は暇になり、仕方なくスマートフォンをいじる。その途中、指が偶然電話帳に当たって。


「……」


 そこに並んだ文字を見る。引きこもった直後に、電話をくれていた者。ノーアクションだった者。かつての幼馴染。最早用も無さそうな者。無機質な文字列に、思い出される記憶があって。


「整理するか」


 思考を交えず、淡々と。不要な連絡先を削除していく。必要なら、どこかでつながるはずで。結果、残ったのはほんの数人だった。


「待たせたな」


 残った数人の中でも、上位に入る人の声。扉が開き、雫がゆっくりと降りて来る。学生服を思わせる黒のブレザーにスカート。茶色混じりの長い髪は、半分ほど纏めて残りはサイドポニーにされていた。


「当初はドレスという考えもあったが、このくらいの方が良かろう」


 誇るでもなく、謙遜するでもなく。春野はカラカラと笑う。その姿に、要は改めて舌を巻いた。この人は、どこまで自尊心が高いのだろう。


「とはいえ。ここからは大島の実力次第だ。この場に呼び出されたことからも分かるように、相手はそれ相応の人物だ。覚悟しておけよ」

「はい。……行くか」

「うん」


 要はうなずき、雫より先に店内へと入って行く。後ろから、雫の足音が聞こえてきて。要に勇気をくれていた。


「…………」


 背中に声が聞こえた気がして、要は小さく振り向いた。しかし視線の先では、春野が軽く笑うのみであった。



 スーツの着こなしも素晴らしい店員が、VIPルームのドアを開ける。要は、自分が息を呑む音を。ハッキリと感じ取った。

 あまりにも広い室内。きらびやかなシャンデリア。欧州の宮殿を思わせる、豪華なキャンドル。そして中央を占めるテーブルの最奥に、今日の相手が、鎮座している。


 こくり。


 雫と小さくうなずき合って、要は奥へと向かう。緊張はしているが、相手に見せないように。ゆっくりと、静かに歩いて。相手の正面に立ち。


「あーーーっ! お前は!?」


 互いに顔を見て。その第一声が絶叫だった。

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