4-3 不機嫌と大人びた少年と一時解雇

 その日の授業……と言うには、少々生徒が優秀過ぎる勉学の時間。かなめの唇は、ずっととんがったままだった。


「先生。それは先生が悪いと思います」


 休憩の時間。神楽坂大介かぐらざかだいすけに不機嫌の理由を問われた要は、物は試しとばかりに全て話して。一蹴された。


「そ、そりゃないよ大介君。俺だって困ってるんだから」


 要は食い下がった。自分がせっかく相手の年齢とかを考慮しているのに。納得がいかない。

 勉強机から対面式のテーブルへ移り、ソファーに座って。しかし、両者ともに背中は預けず。


「知りませんよ。僕としてはそんなことで不機嫌になられる方が迷惑です。正直に言えば邪魔です」

「……」


 無慈悲な追撃に、要は押し黙った。改めて大介の顔を見る。本当に中学生なのかと、疑いたくなる。しっかりしているのは分かる。だが少々、しっかりし過ぎちゃいないか。


「ぶった切るだけでは失礼ですね。類推でよろしければ、少々お話してもいいですか?」


 大人びた思考と振る舞いを持つこの少年を、要は未だに掴みかねていた。金持ちの跡取りで、いろいろと仕込まれたのだろう。とは思える。しかしこの少年は、それでよしとしているのだろうか。


 ともあれ要は問い掛けにうなずいて。大介は口を開く。


「そもそも先生。先生のお話は、相談ではなく自慢です」

「なんでさ」


 いきなりの断言に、要は思わず口を挟んだ。なんで他人に、そこまで言われねばならない。自分は困っているのに、だ。


「先生。先生の置かれた状況って、ある意味僕と似てるんですよ?」


 大介は少し考えた後。要の疑問には答えず、真剣な表情を要に見せた。真っ直ぐな瞳が、要を狙いすましていて。


「……似ている、とは」


 つられて要も、声を落とした。この少年の、深さを知りたい。そんな思いが、要にあった。


「がさつで、大雑把で。無頓着。しかし十分に魅力的な女性が、義理の姉として近くにいる。僕は思春期。なにが起きるか」

「あっ……」


 気付く。そうだ。アイツは。母親と二人住まいだったから。男の視線を気にしない癖があった。


「しかもそんな姉は、最近他人のことばかり考えていて。いくら僕が物分りが良くたって。苛立たない訳が、ないんですよね」


 要は、口を歪めた。その他人というのが誰か。いくら鈍感でも分かってきて。


「先生。先生のお気持ちは、どこですか? それが聞けるまで、授業は結構です。貴方では僕の、役には立てない」

「アイツは、輝は幼馴染だ。付き合ったりもしたけど、今は幼馴染以外の何者でもない!」


 言葉の調子が強くなる。そうだ。輝は幼馴染。いくら親しく語っても、距離はもう、縮まらないのだ。


「ならば。姉が書いた紙の意味も分かるでしょう? 話に誘われて喜んだのに、のろけたような相談を聞かされて。『バーーーーーカ!』で済んでるだけ、ありがたいと思いますよ。僕はね」


 大介は一方的にソファから立つと、勉強机へと戻っていった。要に背を向けたまま、勉学を再開して。


「僕の言葉はあくまで類推ですけど。姉は否定するかもしれませんけど。先生は先生の気持ちと。向き合う必要があると考えます」


 要は、なにも答えず。テーブルだけを見ていて。


「それができるまで、貴方は僕の先生ではありません。迷惑の火元は、断ち切る必要がありますので」


 容赦のない、冷たい言い草。だが事実。家庭教師でないのなら、要がここに居る意味はない。


「大島要さん。貴方を一旦、解雇します。直ちにこの部屋から、退出して下さい」


 要が言葉の意味を理解していない、と判断したのだろう。大介は明確な宣告を要に浴びせ。


「はい、道具も持って下さい。貴方と私は無関係ですので。悪しからず。さようなら」


 要は部屋から追い出され、扉には鍵がかけられた。

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