4-4 通せんぼと運命と無慈悲な宣告

 神楽坂大介かぐらざかだいすけの部屋は、平屋建ての屋敷の中でも、とりわけ静かな奥の方にある。重い体にムチを打ち、かなめは玄関を目指していた。

 しかしその眼前。浅黒の肌と白のブラウス。腕組みをして。神楽坂輝かぐらざかてるが、立っていた。廊下の広さは、人二人のギリギリ分だ。


「追い出されたか」

「関係ない」


 不意討ちのような遭遇を嫌って、要は輝を、冷たくあしらおうとする。が。


「どうせ、全部話したんだろ?」


 食い付かれた。滴る冷や汗。輝にも、さげすまれるのか。だが、輝の目の色に変化はなく。


「話してなければ、アイツはそういうことを言わないからな」


 むしろ的確な推測をぶつけられて。要は早足で、輝をすり抜けようとして。手で塞がれる。


「アイツに、なんて言われた?」

「自分の気持ちに、向き合えと。考える時間が欲しい」


 問われてついに、要は口を開く。ここまで見抜かれていたら、仕方がない。だが、輝は道を開けない。


「駄目だ」

「なんでさ」


 短いやり取り。要の正面に、輝が立つ。険しい表情。


「今のお前に、考える余裕はくれてやらん」


 強い意志が滲んだ口調に、要は思わず一歩引いてしまい。


「断言してやる。クソ真面目なお前に、余裕なんざ与えたら。もう一回斜め上の結論を出す」

「知った風な口をきくなよ」


 引いた右足を踏ん張り、前に体重をかける。


「知ってるんだよ」


 輝の全体から、危なげな空気が消えていく。


「私達は幼馴染で、一度は付き合った仲だ。そのくらい知ってて当然だ」


 自然体に戻った輝は、そのまま顔を伏せて。


「離れて、もう二度と会えないと思ってた。なのに再会して。私が、なにも感じないとでも?」


 絞り出したような言葉。要は立ち止まる。考える。要から見る限り、輝の言動に変化はほとんどなかった。

 気になるとすれば。


 先程の紙。

 大介だいすけの言っていた、「姉は、最近他人のことばかり考えている」という言葉。

 そして、この状況。


「……運命、とでも言うのか?」


 ボソリと、言う。似合わない。間違っても目の前の女に、そんな少女漫画のような言葉は似合わない。だが。


「そうだよ」


 同じぐらいボソリとした言葉が、明確に返って来た。


「運命だよ。悪いか? 似合わない? 知るか。本当に必要なつながりは、例え一度離れてもまた出会う。そう聞いたことがあるんだ。一方的にそういうものを感じたって、おかしくないだろ?」


 髪を振り乱すように顔を上げ、熱弁をぶちまける輝。しかし要は。そんな輝の肩に手を置く。その顔は、なにかを定めた人間の顔で。


「おかしくないと思う。ありがとう」


 まず、ねぎらう。かつて交際した女性を。思わぬ再会に夢をはせた、意外なところで少女だった幼馴染を。

 でもな。続けたのは、逆接の言葉。自身の気持ちとは向き合えずとも。輝と再会した日、しずくに向けて発した言葉は変わらない。変えようもない。要にとっての事実。


「ごめん。あの日、交際が終わった日から。輝はずっと、幼馴染のままなんだ」


 残酷な言葉。言いつつ、思い出す。再会の時、確かに要は驚いた。驚いたが、心は動かず。むしろ、雫の反応が気になっていた。

 要はそのまま、脇を抜ける。すれ違った後、もう一言を添えた。


「ビジネスライクに行こうぜ。台無しだ」



 夕方。日も落ちて暗くなっていく空。今日はひどく曇っていた。早足で神楽坂邸から距離を取るが、このまま家に帰りたくはなかった。思考は渦を巻き、自分を責める声が脳内に響く。駄目だ、このまま帰ったら。雫に心配されてしまう。


「ああ。ごめんね。どうしても遅くなる……。うん、うん。大丈夫だよ、うん。また後で」


 一旦雫に連絡を取ってから、もう一度空を見上げると。更に黒々としていて。


「……行くか」


 のそりのそりと。自宅とは逆方向に歩き出した。

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