4-5 さまよいと友人とその答え

 大島要おおしまかなめは、疲れ果てていた。

 原因は、いくつもあった。睡眠の不足、精神の疲労。これだけなら、気力としずくのサポートでどうにかできる。サポートのされ方によっては、ひどく削られるが。

 だが、今日は違った。対話に次ぐ対話。契約の解除に、無慈悲な決断。自分が悪かった面が多いとはいえ、雫に伝えるのが辛く。嘘をついて。逃げてしまった。


 気がつけば、繁華街まで歩みを進めていた。少々いかがわしい店が立ち並び、きらびやかな姿をした女性の姿が、そこかしこに飾られている。

 人の流れは、さして多くなかった。話に聞くにはここ数年、市街地よりも郊外の方が強いらしい。

 控えめな客引きの声をかわして、要は目の動きだけで落ち着けそうな場所を探す。ほんの一時間、三十分だけでも良い。心身を落ち着けられる場所があれば……。


「大島!? 大島だろお前!」


 不意に、声がかかった。要は顔を上げ、周囲を見回した。どこだろう。


「こっちこっち!」


 声に導かれ、そちらを向けば。見知った顔が居た。中肉中背。昔で言うロン毛のような髪型をした男が、そこに立っていた。


ひらき……!」

「おう、開辰巳ひらきたつみだ。覚えててくれたか」


 忘れるものか。要が閉じこもっていた間、開からの電話は、三日と置かずにあった。なのに要は、全てスルーしてしまった。

 実のところ。要はスマートフォンの中身を整理した後、暇を見つけては着信を入れてくれた人々と連絡を取っていた。

 つながらない人。罵声を浴びせてくる人。冷たい対応の人。様々な反応の中、開は。


「ま、そういう時もあるさ。またどこかで、一度会おうぜ」


 旧来のように、なんでもないように言葉をかけてくれた。電話口で涙ぐんでしまい、感情が高ぶり、雫に不思議がられた記憶がある。


「こんな所で会うなんて!」

「そっちこそ、妙にかしこまった服装してるじゃないか!」

「開こそ、相変わらずロン毛かよ!」


 駆け寄って肩を組む、なんてことはしないが。そっと近寄って互いを笑い合うぐらいはできて。


「積もる話はファミレス行こうぜ」

「それもそうか」


 開の誘いで、安くて美味いと評判のイタリアンファミレスへ移動する。ドリンクバーで乾杯し、適当に注文したサイドメニューをつまんでおしゃべり。これだけでも要は、自分がほぐれていくのを感じていた。

 開は自分から要の近況を聞くことはなく、ひたすら他愛ない雑談に終始していた。大学の思い出、近況について。

 要の悪評をばらまいた連中の結末とか。新歓コンパが上手く行って、新入生の入りが上々だとか。ちょこちょこ気になっていた話も交じるけど。要はとにかくうなずいて。聞き役に徹していた。だが、それでことが終わるはずもなく。


「……一通り聞いてたけど、大島が悪いよ?」

「やっぱり俺?」

「ああ」


 近況を語った後の開の反応に、要が投げた問い掛け。開が大きく首を縦に振り、要は頭痛を覚えた。薄々わかってはいた。だがハッキリ言われてしまうと、心にくるものがある。


「まあ……状況としては、僕も身につまされるところはあるけどね」

「例の婚約者か? 地元に居ると聞いたが」

「ああ……。八時間に一回は声を聞かせないと、そのうち僕は解体バラされかねない」

「凄まじいエピソードだよな、それ……」

「夏に帰れなかったら、冬に監き……いや、話を戻すぞ」


 誘導を見抜かれ、要は苦笑した。会話の隙を掴んで開に喋らせようとしたが、邪な計画は成立しないものらしい。


「大島が決心し、最初からその通りに振る舞っていれば。問題は一切なかった」

「……抱くと決めたら、抱けと?」


 開の物言いに、要はツッコむ。抱くという一線だけは、要も守りたかった。


「少なくとも、僕は抱くよ?」


 だが友人は、要の問を一笑に付した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る