4-2 寝ぼけ眼と舌足らずと投げ付けられる紙
夜更け。眠っていない頭と、追い詰められた思考が。
「そうだ。家出しよう」
それは、世界を一変させる提案に見えた。少なくとも、理性に関わる現状からは。脱出できそうだった。そうと決まれば、善は急げ。要は急いで身支度を開始する。電気を灯し、必要最低限の道具だけをかき集め。荷物は多くないので、時間はかからず。
「行くか」
「どこへ?」
バッグを持って、立ち上がった。まさにその時だった。長い髪はキャップにしまわれ、ピンクと白の縦縞パジャマを着た
「よおにい。どこいくの? つれてって?」
子どもの頃に戻ったような。そんな口調で、要に問いかけてくる。その姿に、要の心臓は早鐘を鳴らして。罪悪感で、ジリジリと下がっていく。
「ねー。おでかけでしょ? しずくもいきたいー」
寝ぼけている。
要も、それは分かった。だが、だからこそ。動けずに。
「よーにー?」
いつの間にか、雫との距離が詰まっていた。寝ぼけているはずなのに、的確に。追い込まれていた。
「ねー? おへんじはー?」
上目遣い。心の奥を、くすぐられるような目。庇護欲をそそる目。視線に、耐え切れるはずもなく。
「……用事があって、準備しただけだよ」
要は結局、安い嘘に逃げてしまった。
昼過ぎ。要は少し早く、
「……ここは広いのに、なぜ二人暮らしなんだ?」
和風の外装には似合わない、洋風の居間。聞けば
「……母さん達は新婚旅行も兼ねて、海外で仕事中だ。手伝いは居ないこともないが、私がやりにくくてな。家事見習いということにして、ほとんどこっちでやることにした」
「よくやる……」
「褒めるなって」
「呆れてるだけだよ」
誰も居ないという安心がそうさせるのか、輝はソファの上。右の足を、左の太ももに乗せていた。行儀が悪いが、咎められるのは要だけで。要にしてみれば、こっちのほうが輝らしかった。
「で、なんだ? そんなくだらない話をしに来た訳じゃないだろ?」
「さすが輝だ、話が早い」
「お前が真面目過ぎるんだよ。力抜け、力」
言われて要は考える。自分が真面目に受け止め過ぎる。知っている。しかし今更、どうしたらいいのかという話でもあり。
ともかく、要はあらましを話すことにした。
「……お前、爆発してくれないかな?」
一通りを聞いた輝の感想は、一言で言うとこれだった。
「なんで爆ぜる必要が」
要も思わずやり返す。相談に来た立場だというのに、だ。
「それ、いわゆる『据え膳』だからな? むしろ迷ってる方が男の恥だぞ」
「曲がりなりにも令嬢が、言っていい言葉じゃないだろ」
「必要な時には、猫をかぶるから」
ああ言えばこう言う。だがそれが輝だったとも、要は思い出す。懐かしい記憶。顔を合わせる度に取っ組み合ったり。本当に女子だったのかと、本気で驚いてしまったり。この幼馴染とも、いろいろあった。
しかし追憶に浸ってばかりもいられなかった。幼馴染は、突然立ち上がり。
「ともかく。お前もいい加減クソ真面目なんて卒業してしまえ。それが私の意見だ、このスットコドッコイ!」
強引に会話を打ち切り、ぐしゃぐしゃと紙を丸めて要に投げ付けて。そのまま居間から出て行ってしまった。
「……急にどうしたんだ?」
要の頭上に疑問符が浮かぶ。投げ付けられた紙玉を、丁寧に開いて。なにか書かれていないかとよく見れば。
「バーーーーーーカ!」
と、そこには記されていた。
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