6-5 絶叫マシーンとジュースとホラーハウス

 お偉いさんの言う優先案内の勧めをノーセンキューして、かなめしずくは遊園地へと飛び出した。


「さーて。どれに乗ろうか、雫ちゃん」


 園内には、多くの客が並んでいた。二人はいつしか、腕を組んでいた。気付いた時には顔を見合わせたが、結局そのまま。人混みを進むことにした。要にとっては気恥ずかしかったが、他のリスクを考えれば。どうということもなかった。


「んー。ジェットコースターはどうかな?」


 少し考えた雫が、定番を口にする。要を見上げるその目は、期待に輝いていて。


「あんまり得意じゃないんだけど……だめ?」


 それでも、要はわずかな望みをかけて問うてみる。全く乗れないわけではないが、絶叫系は苦手だった。しかし雫は。


「乗るなら二人がいいなって。要兄ようにいと一緒なら、乗り越えられる気がするし」


 要を真っ直ぐに見上げて、要の腕を引き寄せてくる。要の皮膚が、わずかな震えを拾って。

 要は悟る。なんのことはない。雫も、要の力を借りたいのだと。


「わかった。じゃあ、二人で乗ろう」

「やったー!」


 大はしゃぎの雫が、要を引きずるような形になって。二人はジェットコースターの乗り場へ向かう。手続きを済ませ、機体に乗って。


「うおおおおおおおおおおお!?」

「きゃあああああああああああ!」


 スピードに満ちた三次元機動を、隣同士で存分に味わい。


「お、ちょ。だめ……。やすむ……」

「だ、だいじょうぶ?」

「す、少し。休めば」


 結果的にダウンしたのは要だった。一旦ベンチに座り、休息を取る。景色がグルングルンして、三半規管が落ち着かない。


「飲み物買って来るね!」


 雫の走っていく音。心配されていることが、要にもはっきりと分かる。しかし気合で治る訳はなく。


「あったよ! 要兄にはお茶!」


 カップを二つ持って帰って来た雫に、片方を突き出される。


「ん……済まない」


 ゆっくりと受け取り、慎重に飲む。いつもと変わらない緑茶の味が、喉の奥に染み込んで。


「んぐ……。んぐ……。ぷはっ……!」


 一息でほとんど飲み干して、ストローから口を離す。天を仰げば、景色が先程までよりもくっきりと見えて。


「うん……落ち着いてきた」

「ホントに? 良かったー」


 目線を合わせてくれる雫の顔も、ハッキリと分かる。今なら目元のシワの数まで分かりそうだ。


「じゃ、こっちも飲んで! 間接キス!」

「それとこれとは、話が別だと思うけど」


 とはいえ、切り分けるところは切り分けて。要は席を立ち、再び腕を組む。


「要兄。私考えたんだけどさ」

「うん」

「次は、ホラーハウス行かない?」


 右腕は組み、左腕で飲み物を飲み。ゆったりと道を歩く中。次なる雫の提案に、要は考えを巡らせた。絶叫マシーンでぐったりしてしまった要に対する、雫なりの気遣いなのだろう。そう考えれば、断る気にはなれず。


「乗った。行こうか」


 二つ返事でそちらへ向かうことにする。あからさまにおどろおどろしい外装をした建物には、いかにもな魔女や怪物、悪魔が描かれていて。ここが「そういうアトラクション」であることを、分からせていた。

 夕焼けが近付いているせいか、建物に赤みがかかっている。それもまた、外見の怖さに拍車をかけていた。


「怖そうだね……」


 雫が隣で、少し小さくなる。か弱く見せたいのか、本心なのか。表情からは要には読み取り切れず。


「なに、大丈夫だよ」


 いつものように、言う。務めるのでもなく、構えるのでもなく。


「なにがあっても、右手は離さないから」


 なんでもないように言って。それから気付き。


「あ、狭い通路だけはごめんね」


 と、頭をかいて言葉を添えた。すると。クスクスと笑い声がして。


「要兄ったら……。真面目なんだから……」


 見れば雫が口元を押さえて、小さく笑っていた。

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