6-6 フランケンシュタインと紅茶と見えた牙

 二十分ほど待たされて入ったホラーハウスは、かなり暗い作りになっていた。かなめしずくの手を引いて、そろりそろりと進んでいく。


「手、離さないでね」

「うん……」


 要は左右に気を配り、人の気配を探る。遠くで悲鳴のような声が聞こえた。やはり、おどかすようなものがあるのだろう。と、近くへの警戒を怠った瞬間。


「ゔぁあああああ!!!!!」


 唸り声が前方からして。雫に引っ張られる。ほのかに見える顔貌の様子からすると、フランケンシュタインだろうか。ゆっくりとした動きはあたかも本物のようで。思わず雫をかばうように抱き込み、フランケンシュタインの目を睨みつけてしまい。


「ゔるぅ……」


 それは取り決めか、あるいは本気だったか。おそらくは前者だろうが、フランケンシュタインは道を開けて。要は雫を守りながら、次なる部屋へと向かって行った。


 その後も次々とイベントが起きた。

 棺桶から起き上がるミイラ男。

 不可思議な物音と悪魔の崇拝儀式。

 謎めいた魔女の薬作り。

 ホラーハウスという名に似合いそうなものを、ごった煮にしたような感じだった。とはいえ、雰囲気も相まってそれぞれが恐ろしく感じる代物だったが。

 それでも出口は、着実に近付いていた。


要兄ようにい……大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ……」


 雫の問いに答える要。しかし内心はそれどころではなく。心臓はずっと激しく脈打っていて。繋いだ手を離さないことに、精一杯で。何度も抱きしめて。必死にかばったにもかかわらず。その感触を、全く覚えていなかった。


「ドラキュラの間……。ここが最後か」


 おどろおどろしい字体で書かれた部屋の名前に、要は身を強張らせる。同時に手の握りが強くなったようで。


「要兄、痛い……」


 雫の小さな声が、要を叩く。ごめんとつぶやいて手を緩め。要はそっと扉を開く。そこは、きらびやかな部屋になっていた。

 豪華な調度品に囲まれた部屋の片隅に、一人の男が紅茶を嗜んでいる。オマケに明かりがついていた。

 貴族調の服装。

 髭や髪の色から察するに、初老。

 髪は肩の辺りまで、ゆるいウェーブで伸びていた。

 気品のある佇まいからは、「本物」を思わせる風格まで漂い。


 そこまで要が確認したところで、男の目が向けられて。そのまま対面の席へ座るよう、促された。言われるがままに雫と席へ着くと、血のように赤い紅茶が差し出された。思わず雫と、顔を見合わせる。


「案ずるな」


 か細くも、しっかりとした声。はっきりと聞こえた。ならば。要は静かに、ゆっくりと飲み込む。良い味だ。雫も同感のようで、顔が緩んでいた。


「良い」


 再び、声。背筋が伸びるような声だった。実際要は、居住まいを正してしまっている。


「遠路はるばる、ご苦労だった。出口はあちらだ。汝らに、幸あらんことを」


 己の奥にある扉を指し示し、男は言う。これで、終わりだというのか? 拍子抜けした感じを得ながらも、男の脇を抜けようとしたその時。


 ギラリ。


 口の端、犬歯の辺りに。光るものが見えた。まさか、まさか。背筋に、嫌なものが走る。先程の紅茶も。ここまでの佇まいも。まさか。

 足が早足になる。雫を引く手に、力が入る。早く、早く。ここを抜けないと。

 息も絶え絶えに扉を開けると、そこはハウスの出口数メートル前。半ば走るように出口を抜ければ、そこには夕焼け空が広がっていて。


「お疲れ様でした!」


 スタッフの明るい声が、要たちを現実へと引き戻した。



「一体、何だったんだ……」


 再びベンチに座り、軽い食べ物を補給しながら。要はぼやく。


「なんだったんだろうね……」


 確認すれば雫にも牙が見えたらしく。恐怖を隠せない顔をしていた。既に辺りは暗く、人の数もある程度まで減っている。

 しかし、メインイベントはここからだった。

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