1-4 悪夢とブランチと意外なツボ

 夜半過ぎ。大島要おおしまかなめは、思わぬ悪夢で飛び起きた。


「ふんばあっ!? ……。ゆ、夢でよかった」


 酷い夢だった。欲望のままに一線を踏み外し、しずくを貪る夢。夢の中の雫は、グラマラスな肢体を思う存分躍動させていた。俺の暴走を受け入れ、喘いでいた。蹴り飛ばされ、軽蔑される夢のほうが、動悸はマシだっただろうに。


 深呼吸を繰り返してなお、身体は揺れていた。顔を動かすと、靴箱が見えた。そうだ。居間は雫に明け渡して、玄関前で寝ていたのだった。ポリポリと頭を掻き、立ち上がる。布団がぺったんこになっている。一度、干したほうが良いのだろう。


 雫を起こさないようにそっと台所へ。やかんに水を汲み、火をかける。だが、こうして火をかけられる理由を思い出し、結局消した。


 どうしたものか。

 布団に戻った要は、上に座り込んで考えていた。喉は渇いているが、すっかり面倒になってしまった。久しぶりに着た寝間着は、汗で滲んでいて。着替えたくなるが、服は居間の押し入れにしかない。


 追い返す選択肢は、要の中には全くなかった。暮らす暮らさないはともかく、恩人にそのような仕打ちはできない。理性が危ないのは、こちらの問題だからだ。

 であれば、住まわせることになるのか? 妥当だ。妹分のような付き合いをしてきた少女だ。嫌いな訳がない。路頭に迷う姿は見たくない。


 しかし、夢に見てしまった。十五歳になった雫は、あまりにも魅力に溢れていた。笑顔も。ボディも。言動も。一言で言うと、ヤバいのだ。


「俺が、頑張ればいいのか?」


 結論めいたものが、ようやく顔を出す。だが、夢にまで見た以上。自信は持てなかった。しかも、たった一日でである。


「叔母さんと話さないと方向は決められないけど……。困ったな」


 逃げるも苦労、進むも苦労。あんまりの事態に要は頭を抱え。結果。


「一旦寝よか……」


 布団を被り、夢の世界へと逃げ込んでしまうのだった。



 翌朝。要の起床は、考えていた時間よりもかなり遅れた。


「すまない、寝坊した……!」

「おはよ、要兄」


 玄関前から這うように部屋に向かって声をかければ、雫は既に台所に立っていて。タンクトップにホットパンツ、髪は軽く縛って白いエプロンを身に着けていた。


「……えっと? 雫さん?」

「んー? 今もう十時だし、ブランチ作ってるからさ。顔洗って来たら?」

「あ、うん……」


 調理に集中しているのか、雫は要の方を見ない。要は寝床の後始末と、朝の身支度に取り掛かった。



「でっきたーぁ!」


 明るい声が台所に響く。要は身支度を終え、ちゃぶ台のそばで座り込んでいた。


「ふん、ふふーん」


 軽い節回しのついた口笛を鳴らしながら、雫がちゃぶ台に朝食を置いていく。そして最後に。


「はい、どーぞっ!」


 ウインクと共に、要の元へオムライスが差し出される。それを見た要は、二の句が告げなかった。

 そのオムライスの黄色い表面には、綺麗なハートマークが添えられていた。


「へへーん。私の力作、だよっ?」


 タンクトップに包まれた胸を張る雫。ただでさえ大きいのに更に強調されていた。

要は目のやり場に困り、ツッコミさえままならず。


「た・べ・て?」


 ジーッと見られてしまう。顔がいい分だけ、始末が悪く。


「分かった」


 言われるままに要は返事をし、オムライスにスプーンを入れる。黄色い表皮と赤色の米をすくい上げ、口に運び、飲み込んでいき。


「おいしい!」


 思わず子どもっぽい声が出てしまったところで、我に返った。

 クスクス。

 雫のニンマリとした微笑みが、要に突き刺さる。その目が、輝いていたように要には見えて。


「いや、その……」

「かわいい! 要兄、かわいい!」


 どうやら要は、雫の意外なツボを刺激してしまったようで。この後完食に手間取るのであった。

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