1-5 デコピンと電話と透ける服

 波乱含みのいただきますから十数分後。かなめはようやく、オムライスの最後の一口を飲み込んだ。


「……ふうっ」


 軽い吐息を漏らし、スプーンを皿の上に置く。しずくが一緒に持ってきていたコーヒーを飲み、また息を漏らした後。


「……ごちそうさまでした」


 手を合わせ、雫に向かって一礼した。


「むぐ、んぐ……。置いといて良いよ? 私片付けるし」

「いや、そこまでやらせる訳には」

「要兄」


 雫が、一旦スプーンを置く。目の色が、真面目なそれに変わる。要は身を乗り出されて。軽いデコピンを浴びせられた。


「あいたっ」

「ママへ電話するんでしょ? 無理は、だーめっ」


 再びのウインク。子どもをあやすような口調に込められた、いたわりと注意。雫なりの心遣いを、読み取れてしまった以上。


「分かった」


 要は、従わざるを得なかった。擦る額が、妙にじんじんとした。



 洗い物の音が、遠く聞こえる。要は物が消えたちゃぶ台にスマートフォンを置き、精神を集中していた。

 しばらく集中した後、閉じていた眼を思いっ切り見開く。スマートフォンを手に取り、素早く画面をタップする。十秒後。


「もしもし。叔母さんですか。俺です。要です。あの……」

「あら要くん。久しぶり。雫がそっち行ったでしょ」

「ええ……」


 手短に話を切り出そうとしたのに、先に言われてしまう。要の額に、汗が流れる。厳しい戦いになると、要は気付かされた。



 三十分後。要はようやく、スマートフォンを耳から離した。通話終了ボタンをタップし、離れた場所へ置く。ちゃぶ台に突っ伏し、頭を抱えた。予想通りにも、程がありすぎた。


「少しぐらいは話を聞いてくれよ……頼むよ」


 そっとぼやく要。雫は洗濯物を干しており、こちらを向いていないようだった。


「あの叔母さんも、頑固っつーか……」


 ついでにもう一言。結局、叔母との対話は平行線に終わったのだ。叔母は要なら安心できるとしれっと言い放ち、あまつさえ。


「『手を出したら、昔の冗談が真実になるわね』だもんなあ……」


 むしろ手を出せと言わんばかりの言葉を、要に投げ込んで来たのである。あまりの物言いに、要は抵抗する気力を失って。


「預かるのはいいんだがな……」


 へたり込み、ボソリとつぶやく。しかし背中に、柔らかい感触。


「いいんだが……。なに? なにか気になることあるの?」

「うわぁっ!?」


 要は驚き、振り向いて。そこにはやはり。雫がくっついていた。胸を押し付け、ベッタリと。


「雫ちゃん……。洗濯、ありがとね」

「ううん、いーの。私のもあったし。で、どーだったの?」


 重たい一撃はスルーして、要は礼を言い。雫はサッと離れて要の対面に座る。その目は興味で、輝いていて。


「どうもこうもないね。人の話を聞いてくれない」


 要はわずかに目をそらして答えた。雫の姿が、眩しいのだ。しかし当の本人は涼しい顔で。


「ね? 言ったでしょ。むしろ『手を出したら、冗談が真実になるわね』ぐらい言われたんじゃない?」


 図星まで指してくる始末。タンクトップの胸元からは、谷間がほのかに見えて、大変目に悪い。しかも、軽く汗が滲んでいた。ブラの色まで、見えてしまいそうで。


 要は、暗に誘われているのではとさえ考えた。いや、言動的には十分ありえる。整理しないといけない。その結果によっては。


「……一度着替えて欲しい。そしたら、話をしよう。隣の部屋、片付けてくるから」


 要は、決断した。今は物置以外に用途のない、もう一つの部屋。両親に薦められるままに広い部屋を借りたが、現状の伏線だったのではとさえ思えてしまう。


「わかった。着替え終わったら、呼ぶね?」


 雫の声を背に、要は隣室の扉を開ける。防犯のためにカーテンを閉じていた部屋は、少しだけ嫌なニオイがした。

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