4-7 回想とおんぶと帰り道
八年前。
まだ幼い
その信頼が、仇となった。好奇心から森の奥へ分け入った要は、ちょっと目を離した隙に。雫を見失ってしまったのだ。
「雫ー! 雫ー!」
背の低い雫を探して要は、わずかな隙間も見逃すまいと。自分の体に傷がつくのも気にせずに、あちこちを見て。必死で叫んで。
「雫ー! し・ず・くー!」
腕時計なんて持っていなかったから、何分経ったかも分からずに。だんだん日が西日になって。声がかれてきて。
「よおおおにいいい! よおおおにいいい!」
ようやく、かすかな声を拾って。木でひっかき傷を作りながら、声の方向へ向かって。
「ようにー! よおおおにいいい!」
徐々に声は、泣きべそ混じりで大きくなって。要はそれに、導かれて。
「雫……。よかった」
「よーにー……。こわかったよう……」
互いを見つけ、抱き合って。
「もう大丈夫。離さないから」
「うん……。よーにー、すき……」
「うん……」
雫の頭をなでて。離さないように抱き締めて。温もりと、想いを伝え合って。
大島要は、思い出す。
「ああ、そうだった。俺は……」
泣きべそ混じりの声が、記憶を導き。要を誘導する。
「俺は、とっくに……」
走る。運動不足だから、息は苦しい。でも関係ない。さまよったツケだから。離さないとまで言ったのに、離していた。向き合っていなかった。小賢しいことばかり、考えていた。
我が家の方向へ走る。声が近付く。ああ、どれだけ心配掛けたのだろう。近所迷惑で怒られそうだ。
「要兄! 要兄、どこー!?」
やがて見える、小さいシルエット。しかし悲痛で大きな声。余程不安だったのだろう。とうに遅い時間だというのに、雫は普段着のままだった。
要は手を上げる。自分はここに居ると、しっかりと示して。
「雫、こっちだ! 俺はどこにも行かない!」
置いて行かれる不安さと。はぐれた時の不安さ。あの時と形は違えど。きっと同じタイプの不安だ。だから要は、力強く言い。
「ようにいっ!」
雫は早足で駆けて来る。それはどこか危なっかしげな、慌てた様子で。
「ように……痛っ!」
足が絡まり、転倒する。
「雫っ!?」
要は小走りで近寄る。どうやら無事に受け身は取れたらしく、顔に傷は付いていなかった。要はしゃがみ込み、目線を合わせて。雫に向けて、手を差し出した。
「雫、行こう。俺達の家に。一緒に帰ろう」
「うん」
要の前に見えるのは、涙を浮かべた雫。だけど口元は、微笑みの形で。雫の手が、要に伸びて。
「ん……せっと!」
要はつかみ、引き上げる。見れば左の膝が、擦り剥けていて。
「痛っ……」
軽く捻ったのか、雫は右足を引きずっていて。要は、軽く息を吐くと。
「雫」
背を向けて、屈んでみせた。
「
雫は断って、自分の足で歩こうとするが。
「っ!?」
やはり見ていて痛々しく。要は再度背を差し出して。
「ありがと……」
小さな声と同時に、背中に重みと。柔らかさを得た。八年前よりも重い雫は、要に別の重みも感じさせて。
「んむ……!」
「要兄? 重かったら言ってね?」
大丈夫。要はそう、言いたかった。だが、それでは足りないとも思った。二度と雫に。このような不安は抱かせたくない。だから。
「大丈夫だよ。いつか言ったよね。『離さない』って」
「!? 要兄、それって……」
「さあね。帰ってからにしようか」
曇っていた夜空には、いつの間にか月と星がきらめいていた。
第四話・完
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