第五話 大島要、日常に生きること

5-1 歯ブラシと目玉焼きの好みと決断

 かなめが迷走の挙げ句、ほうぼうに迷惑をかけた一連の事件から。早くも半月が過ぎていた。

 当然ながら要は関係者全員に謝罪し、言葉をかわし。なんとか平和な日常を……。


しずくちゃーん!? また俺の歯ブラシ使ってないかい!?」

「えー? あー、使ったよ? 間接キッスー」


 取り戻せてはいなかった。微妙に節のついた返事を食らわされて、要は感情をあらわにする。


「やめてくれってこの間も言ったよね? 歯ブラシに変な癖が付いちゃうんだよ!」

「ケチー」

「ケチじゃないの! 俺の流儀があるの!」


 雫の抗議に、要は更に声を荒げる。こればかりは、間接キスとかで済まされたくない事情があるのだ。


「そんなに言うならさ。もう私の使えばいいじゃん。間接キスの仕返し」


 しかし雫は頬を膨らませて減らず口をたたき。


「それは雫ちゃん得でしかないのでやりません」

「そんなあ!」


 新しい歯ブラシを探しながら、要もやり返す。雫がやって来てから約一月半。一週間に一度程度は、このやり取りになり。すっかりおなじみになってしまっていた。


「歯ブラシ、また買って来ないとな……」


 ようやく見つけた新品の歯ブラシで歯を磨き、要はちゃぶ台の前に座る。要は歯の磨き方にクセがあり、歯ブラシもそれに馴染んでいないと磨きにくいのだ。


「まあまあ愚痴らずに。朝ご飯持って来たから、置いてくれる?」

「そうだな」


 犯人は悪びれてはいないが、実のところもう諦めは付いている。雫がそういう人間なのは最初の方で分かっていたし、回数も抑えている。直感だが。


「お、目玉焼き……あれ、醤油は?」

「あ、ごめん! いつものクセで!」


 食卓の上に並ぶのはご飯に味噌汁目玉焼き。ベーコンに付け合せの野菜。隅にはたくあん。和朝食のテイスト。しかし要には不満があった。


「おいおい、目玉焼きには醤油だろ……!」


 目玉焼きには醤油。これが要のジャスティスであり。


「決めつけなくてもいいじゃない……!」


 雫はソースがジャスティスだった。頬を膨らませるのは、本日二回目である。


「そう言われても、こればかりはな」

「つべこべ言わずに、食べてみればいいじゃん」


 同居の開始頃は、こういうぶつかり合いは少なかった。要は雫に遠慮していたし、雫も自分の好みを押し出していなかった。


「俺は醤油が良いの」

「食わず嫌いは良くない、って言ってるの」


 ちゃぶ台越しににらみ合う。今日の雫は髪を軽くまとめ、Tシャツ一枚。目線によっては膨らみが危ないタイプだが……。今の要に、それは見えていない。


「……わかった。俺の負けだ」


 十秒ほどで、勝敗は決した。年長者が、先に折れたのだ。


「じゃあソースで」

「自分で冷蔵庫行って来る」


 えー。そう言って雫が頬を膨らませる。三回目。要はそれを尻目に、醤油を持って戻ってきて、目玉焼きにサッと掛けてしまう。隙を見せない自衛行為であった。


「いただきます」


 二人で揃って挨拶し、黙々と食べ始める。要もそうだが、雫もそういう育ちをしたらしく。必要なことでもない限り、食事の時には無言になる傾向があった。


 無言の空間の中、要は改めてさっきのやり取りを振り返った。

 いつからこうして、お互いにちょっとしたこだわりを突き出すようになったのか。思い出すには及ばないが、きっかけになった出来事は分からなくもない。



要兄ようにい。いつもより月が近いよ」

「俺はいつも、このくらいの高さだな」


 ミイラを取りに行って怪我をした雫を背負い。ゆったりと歩く帰り道。あの日要は、一つの決断をした。余程でない限り、雫を受け止める。こちらからは、彼女を手放さない。そう決意した。


 だから、歩みは止められない。一足先に、食事を終える。やるべきことは、今日も確実に、ある。


「ごちそうさま」

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