これは同棲じゃない! 同居です!with PK

南雲麗

第一話 大島要、袖ヶ浦雫に押しかけられること

1-1 裸エプロンと山芋とのしかかり

 夕食の呼びかけに、身を起こした大島要おおしまかなめを襲ったのは。同居人、袖ヶ浦雫そでがうらしずくによる、視覚情報の暴力だった。

 

 腕の。足の。傷一つない素肌があらわで。

 胸元から太股までは、白い布に覆われていて。

 ピンと上を向いた二つの果実が、その布を押し上げている。

 手にはおたまを持ち、軽く微笑んでいて。


 思わず、要は聞いてしまった。


「ソノカッコウハ、ナニカナ?」

「え、裸エプロンだけど?」


 雫の回答は至極真っ当だった。微笑んだまま、雫は追い討ちを宣言する。


「後ろも見せてあげよっか。えいっ」


 その場での一回転。

 視覚情報の嵐が、再び要を襲う。

 健康的な色をした肌。みずみずしくハリのあるヒップ。

 遠心力で舞い上がる、長いポニーテール。垣間見える、背中から尻にかけての滑らかな線。そのほとんどが、薄橙色。


 あまりの光景に、要は見惚れた。見惚れてしまった。しかし。


「……すぐ着替えて来なさい。それまで夕食は食べない」


 男の意地から、あえて冷たく。言い放った。

 股間が痛い。目のやり場に困る。なまじ顔も身体も素晴らしいから、始末に困る。


「そんなぁ……」


 雫は、ひどく落ち込んだ顔で自室へ向かう。要は、あえて無視した。ドアの閉まる音を聞いた後、ため息をつく。


「もう一ヶ月になるのに……。まだ慣れないや」


 ちゃぶ台の上には、二人分にしては多めの食事が乗っていた。

 ステーキにサラダ。

 ご飯に味噌汁。

 ついでに山芋の小鉢。

 これだけのものを作れるのに、彼女は。


 健気で、家事も全般こなすのに。

 出来るならずっと、側に置きたいのに。

 どうして、俺を。困らせるのか。


「お待たせ、要兄」


 部屋から出て来た雫の声が、要の物思いを断ち切る。


 長い、茶色がかった黒のポニーテール。

 半袖のTシャツ。

 素っ気ないスカート。

 少々ラフではあるが、裸エプロンよりは良かった。しかし要は、真っすぐには見られなかった。

 

 二十才になったばかりの青年には、少々眩し過ぎたのだ。



 気が付けば、夕食のほとんどが空になっていた。


「ごちそうさまでした」


 二人で声を揃え、挨拶をする。

 雫は片付けに向かい、要はちゃぶ台でお茶をすすっていた。


「要兄、お風呂はどうするの?」


 台所から声が飛ぶ。その声は、どこか明るい。


「入るよ」


 返事をしてから、床に寝転ぶ。

 掃除の行き届いた床には、毛の一本さえも落ちていない。

 居間に、モノは少ない。ちゃぶ台と座布団、テレビぐらいだ。

 一月前とは、物凄く変わった。


 皿洗いの音を聞きつつ、要は目を閉じる。

 一ヶ月間。あまりにも要は神経をすり減らした。間違いに走らないのも、大変だった。平穏に身を委ねると、いつの間にか意識が遠のいて。



「要兄? お風呂できたよ?」

「のわあああああっ!?」


 甘ったるい声が聞こえたと思ったら、跨がられていた。

 要の前には、豊かな双丘があった。

 挟み込む腕に、強調されていた。

 最近気になってきた腹回りには、太股が寄り添っている。

 いわば押し倒された状態だ。


「下りなさい」


 要はきっぱりと、雫に告げる。

 雫の表情が、変わった。

 イタズラじみた微笑みから、口を尖らせた不満顔。上から、覗き込まれた。


 顔が近い。

 唇が近い。

 視界が、雫の顔で埋め尽くされた。

 心拍数が上がっている。

 背中は見えないのに、汗が流れているのが分かる。

 ダメだ。耐えられる訳がない。


 しかし。

 間違いの寸前。一瞬雫が首を振って。


「……驚いた?」


 そのことをごまかすように、口の端を吊り上げた。

 そして流れるように要から下りて、自室へ駆けていく。

 要は、見送ることしかできず。


「やれやれ……。一体何だったんだ?」


 再びため息をついた後。


「……水、止まってるよな?」


 重要事項を思い出し、慌てて風呂へと向かう。

 要の脳裏に、雫が現れた日の記憶が蘇っていた。

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