第二話 大島要、袖ヶ浦雫と外出すること
2-1 ホームセンターと慈母と無防備な寝顔
同居が決まって早三日、最初の日曜日。ポカポカとした春の陽気が、空気を満たしていた。そんな中、空をつんざき、声一つ。
「
郊外のホームセンター。駐車場ではしゃぐのは
背は低い雫だが、少女らしく元気いっぱい。Tシャツに包まれた双子山が、大きく踊る。
少し遠くから見ているはずなのに、その姿は輝いていて。人混みの中でも判別がつく。
「はしゃがないでよ、雫ちゃん。声も大きいし」
小走りで追いつき、たしなめる要。しかし雫は。
「そんなあ、せっかくのデー……」
「全部は言わせないよ」
頬を膨らませて抗議を試み。要はやむを得ず頬を押さえ、黙らせる。
「ぶーぶー」
「豚じゃないんだから。さ、買い物行くよ」
「はーい」
カートを押す要と、少々不機嫌な雫。二人は人混みをすり抜けて、店内を歩いて行く。
事の発端は、一時間程前だった。
「飯も豪華になったなあ……」
卵焼きにソーセージ。湯気の立ち上る味噌汁に白米。おまけに漬物。そこにあるのは、五感に染み渡るような朝食の姿。
要が舌を巻くのも無理はない。一人で居た頃は、朝食なんてパン一枚。なんなら食べないことすらあったのだ。
「要兄だってさっぱりしたじゃない。部屋も片付いたし」
雫から声が返ってくる。声色は、喜びを示している。
暫く伸び放題にしてしまっていた髪。要が整えたのは、つい先日のことだった。
「ありがとう。さあ、食べようか。いただきます」
「いただきますっ!」
要が音頭を取って挨拶し、朝食に取り掛かる。その最中。
「要兄、今日はなにか用事はあるの?」
「ん? なんにもないな。一日空いてる」
「じゃあ、買い物に付き合ってくれないかな? お掃除してたら、いろいろなくなったし、買いたい物もあるし」
雫からの頼みに、要は顔を曇らせた。確かに、女性が暮らすとなれば必要物は多いのだが。
「いいけど……。お金あるの? 後、車が入り用になりそうだけど」
「大丈夫。ちゃんと報告したら、ママが仕送りくれたから。なんなら三ヶ月先の、二人分の家賃までイケるんじゃないかな?」
雫の笑顔は曇らない。それどころか、慈母のように。生活上の問題点を吹き飛ばしていく。
「金持ちとは知っていたけど……。凄いのね……」
そのチートっぷりに、要は驚きを隠せなかった。フフンと雫は胸を張り、車のレンタルについても算段を始めるのだった。
ホームセンターでの買い物は、終盤に近付いていた。雫を隣に従えるには少し高い、要の身長。それを屈めて、雫のスリッパを見繕う。
「なあ。この柄はどうだ……って、あれ?」
いい感じの花柄を見つけ、後ろを向いて雫に問い掛ける。しかし向いた先に雫はおらず。
「……!?」
なんでもないように立ち上がり、早足で各所を見て回る。最悪の事態が、頭によぎる。もしもそんな事になったら、叔母さんに顔向けできない。
口の中が乾く。汗が吹き出す。周りの目なんて、気にしちゃいられない。ポケットに入れた、スマートフォンの存在すら忘れていて。
「……はあ。そりゃ、そうよな」
五分程探して、雫は無事に見つかった。マッサージチェアの試用品。雫はその一つに身を預け、だらしない顔で寝こけていた。
「起こさないと」
要は近付き、そして気付く。身体に触らないといけないことに。聞けば寝息が甘い声を誘発し、見れば胸が機械によって押し上げられている。劣情を催しかねない。触れてはならない。
「ま、疲れてるだろうし。いいよね……」
口の中でつぶやく。雫は働き詰めだった。本人は楽しそうにしていてけど、疲労は隠せなかったのだろう。
要は雫を起こすのを諦め、暫くの間見守ることにした。
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