2-2 ツインテールと異世界とコミュ障案件

 さて。しずくの睡眠時間は、結局十分程であった。うっかり店員に見つかってしまい、注意されたのである。


「ごめん、要兄ようにい。うたた寝しちゃった」

「いや、俺としても少しは寝てほしかったから。大丈夫」


 かなめの言葉は本心だ。むしろ自分が悪かったとさえ思っている。だから。


「雫ちゃん。帰り、寝ててもいいからね」


 せめてもの言葉を、投げかける。日々の頑張りで、健気な従姉妹が壊れる前に。



 かくて二人は、アパートへと戻って行く。一旦荷物を片付けた後、レンタカーの返却を兼ねて街へ向かう予定だった。服を買いたい、街も散策したい。雫の要望だった。


 二人で二階まで荷物を上げ、ある程度まで片付けて。雫が汗になった服を変える間に、要はレンタカーを掃除して。


「雫ちゃんって、オシャレさんになったよね……」

「そりゃーね。勉強したもん。要兄の横に立つために」


 再び下りて来た雫は、白のワンピースに緑のカーディガンをまとい、髪はツインテールにしていた。少し幼く見えるが、背の低い雫には良く似合っていて。可愛くて。発するセリフの、威力が高くて。


「……そうか」


 要は目をそらし、そっけなく答えるのだった。



 十数分後。


「ありやっしたあ!」


 やたらと大きい店員の声を振り切って、要達はレンタカーを返却した。さぞかし、仲の良い兄妹かカップルと思っていることだろう。


「違うけどな」

「ん?」


 ボソリと発した、要の言葉に。雫が食いついてくる。下から覗き込んでくるので、上目遣いだ。それが要には、気恥ずかしくて。


「なんでもない」


 再びそっけなく対応してしまう。そっぽを向いて、早足になって。


「そう……。って! 待ってよ要兄!」


 雫が追いかけてくるので、更に足を早めて。


 そんなやり取りをしている内に、雫が目をつけていたという服飾店が見える。外観がまず、要にとって場違いだった。量販店に慣れ切っていた身には、異世界にさえ見えるのだ。


「いらっしゃいませー」


 雫に続いてドアを開ければ、小洒落た内装が目に入り。若く垢抜けた店員が奥からやって来る。ラフなTシャツにネックレス。髪は茶色。これまた要には、慣れないもので。


「こういう服が欲しいんですけど……」

「それでしたら……」


 しかし雫にためらいはなく。さっさと店員に話しかけていた。しかも、淀みがない。要は、少しだけ疎外された思いを抱くが。


「あ、ちょっとすみません。要兄ごめん。ちょっと品物見てて!」


 一度会話を切った雫から声が飛んできて。ウィンドウショッピングに、気持ちを切り替える。

 女性向けの店。しかしかなりの種類があるようで。要はあちこち目移りしてしまう。慣れない空気が、要を困惑させ。


「妹さんですか?」


 状況に追い打ちをかけたのは、先程の店員だった。どうやら、雫の接客から解放されたらしい。


「あ、いえ。その……」


 要は口ごもってしまう。フレンドリーさに、戸惑ったのだ。困惑に弾みがついて、なにも悪くないのに口が重くなった。


 ああ、悪い癖だ。どうして親しくない人にはこうなるんだ。事務的なやり取りは、ごまかせるのに。こういう態度がよくないことは、分かっているのに。


「あら、もしかして彼女さんですか?」

「あ、いえ。従姉妹、です……」


 変えられない。しどろもどろ。きっとおかしく見えるだろう。雫に見られたら、幻滅されるかもしれない。


 混乱が混乱を招く。思考が止まらない。グルグル回って辛い。

 要の脳が、「逃げ」を選ぼうとした。その時。


「要兄、ちょっと見てよ!」


 雫の声が、要を救う。


「すみません。呼ばれたので、これで」

「はい、ごゆっくり」


 助かった。ありがとう。心の中で感謝し、更衣室に居る雫の元へ。


「じゃじゃーん! どう? 似合う、かな?」


 そして試着姿を見せられた。

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