1-7 誘惑と撫でられと嫁入りセリフ

 かなめの前に差し出されたのは、十五歳にしては豊満に過ぎるほどの二つの丘。しかも恐ろしいことに、尖端まで見えてしまっている。


要兄ようにい、大丈夫? おっぱい揉む?」


 しずくの妖艶ささえ匂わせるセリフが、蠱惑的な微笑みが。脳をしびれさせる。下半身に、血流を集めていく。


「大丈夫だよ。私は、抱かれても」


 追い討ち。脳が溶けていく。埋もれて溺れて、帰れなくなる。要がそう思った時。心臓が、チクリと痛んだ。


 俺は、十五の少女に。なにを背負わせようとしているんだ?


「ぷはあ」


 要は口から、呼吸を漏らした。脳のしびれが、静かに消えていく。


「要兄?」


 雫が目をくりくりさせながら、見つめてくる。要はそれを見ない。呼吸を繰り返す。数回繰り返した後。


「雫。元の位置に戻りなさい」


 雫の目を見つめて、言い放つ。


「要兄……?」

「戻りなさい」


 疑問の言葉に、重ねる。要は決意した。

 助けは嬉しい。だが、甘えない。

 そう思わないと、甘い罠に囚われる。ただのヒモになってしまう。



 雫は無言のまま、元の位置に戻った。気が付けば、前も閉めていた。要は一瞬視線を外した後、再び雫に目を合わせた。


「……。まずは部屋の件。家賃の件。改めてありがとう。感謝してる」

「うん……」


 雫の声は小さく、正座して縮こまっている。先程の言葉が、かなり効いているのだろう。


「だけどね」


 要は努めて、声色を優しくした。さじ加減を間違えれば、雫を壊しかねない。


「告白されても、正直まだ分からないんだ。ずっと妹分みたいな感じだったし。もしも一緒に暮らすのなら。本当は、俺が雫ちゃんを養うべきなんだ」


 こくこくと、雫は首を上下させていた。その仕草だけで、要は確信する。自分の言わんとしていることは、正しいのだと。


「雫ちゃんは、可愛い。眩しい。頼りになる。でも、甘えちゃダメなんだ。助け合わないと。でないと」


 一緒に暮らしても、いつか壊れる。その言葉だけは、飲み込んで。


「バランスが崩れて、いつかは壊れる……かな?」


 小さな声で、雫が言葉を引き継いだ。要は、小さく首を縦に振り。


「そう……いつかは壊れると思う」


 要は、更に整理する。

 自分は、雫を壊したくはない。

 だから、追い返したくはない。

 でも、雫の好意が大きすぎて。戸惑っている。


 今、自分の状況は。決していいものではない。

 だから、雫にはいて欲しくもある。

 でも、養わなければ。

 

 整理すればするほど。なにが最善なのか分からなくなる。


「要兄」

 

 だが、思考の渦を断ち切る人は居た。要の目の前に座っていた。


「余計なことは考えなくていいと思う。私は要兄が好きで。要兄の助けになりたい。でも、私が居て要兄が辛いなら。『帰れ』で、いいと思う」


 要は、声の主を見る。いつの間にか。雫は顔を上げていた。つられて要の顔も上がる。


「教えて。要兄が、どうしたいのか。私は、言ったから」

「居て欲しい。……あっ」


 雫の問いかけに、要は即答していた。理性の辛さとか。生活の問題とか。いろいろ考えていたはずなのに。答えはそっちだった。


 雫に報いたい。どん詰まりだった自分に、光をくれた。そんな雫を泣かせたくない。なにかを返したい。


 そんな想いが、考えるよりも先に出たのか。口を押さえながら、要は考えて。


「よくできました」


 頭に、手の感触。いつの間にか、雫が隣にいた。撫でられていた。


「要兄、真面目だもんね」


 クスクス。そんな声が聞こえそうな笑顔。でも、サッパリとした笑顔。要は、避ける気になれなくて。


「悪かったな……」


 ボヤきつつも、大人しく撫でられてしまう。そんな要を見た雫は、少し離れて正座して。そのまま深々と座礼を行い。


「要兄。ふつつか者だけど、よろしくね?」


 嫁入りのようなセリフを言い放った。



 第一話・完

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