1-7 誘惑と撫でられと嫁入りセリフ
「
「大丈夫だよ。私は、抱かれても」
追い討ち。脳が溶けていく。埋もれて溺れて、帰れなくなる。要がそう思った時。心臓が、チクリと痛んだ。
俺は、十五の少女に。なにを背負わせようとしているんだ?
「ぷはあ」
要は口から、呼吸を漏らした。脳のしびれが、静かに消えていく。
「要兄?」
雫が目をくりくりさせながら、見つめてくる。要はそれを見ない。呼吸を繰り返す。数回繰り返した後。
「雫。元の位置に戻りなさい」
雫の目を見つめて、言い放つ。
「要兄……?」
「戻りなさい」
疑問の言葉に、重ねる。要は決意した。
助けは嬉しい。だが、甘えない。
そう思わないと、甘い罠に囚われる。ただのヒモになってしまう。
雫は無言のまま、元の位置に戻った。気が付けば、前も閉めていた。要は一瞬視線を外した後、再び雫に目を合わせた。
「……。まずは部屋の件。家賃の件。改めてありがとう。感謝してる」
「うん……」
雫の声は小さく、正座して縮こまっている。先程の言葉が、かなり効いているのだろう。
「だけどね」
要は努めて、声色を優しくした。さじ加減を間違えれば、雫を壊しかねない。
「告白されても、正直まだ分からないんだ。ずっと妹分みたいな感じだったし。もしも一緒に暮らすのなら。本当は、俺が雫ちゃんを養うべきなんだ」
こくこくと、雫は首を上下させていた。その仕草だけで、要は確信する。自分の言わんとしていることは、正しいのだと。
「雫ちゃんは、可愛い。眩しい。頼りになる。でも、甘えちゃダメなんだ。助け合わないと。でないと」
一緒に暮らしても、いつか壊れる。その言葉だけは、飲み込んで。
「バランスが崩れて、いつかは壊れる……かな?」
小さな声で、雫が言葉を引き継いだ。要は、小さく首を縦に振り。
「そう……いつかは壊れると思う」
要は、更に整理する。
自分は、雫を壊したくはない。
だから、追い返したくはない。
でも、雫の好意が大きすぎて。戸惑っている。
今、自分の状況は。決していいものではない。
だから、雫にはいて欲しくもある。
でも、養わなければ。
整理すればするほど。なにが最善なのか分からなくなる。
「要兄」
だが、思考の渦を断ち切る人は居た。要の目の前に座っていた。
「余計なことは考えなくていいと思う。私は要兄が好きで。要兄の助けになりたい。でも、私が居て要兄が辛いなら。『帰れ』で、いいと思う」
要は、声の主を見る。いつの間にか。雫は顔を上げていた。つられて要の顔も上がる。
「教えて。要兄が、どうしたいのか。私は、言ったから」
「居て欲しい。……あっ」
雫の問いかけに、要は即答していた。理性の辛さとか。生活の問題とか。いろいろ考えていたはずなのに。答えはそっちだった。
雫に報いたい。どん詰まりだった自分に、光をくれた。そんな雫を泣かせたくない。なにかを返したい。
そんな想いが、考えるよりも先に出たのか。口を押さえながら、要は考えて。
「よくできました」
頭に、手の感触。いつの間にか、雫が隣にいた。撫でられていた。
「要兄、真面目だもんね」
クスクス。そんな声が聞こえそうな笑顔。でも、サッパリとした笑顔。要は、避ける気になれなくて。
「悪かったな……」
ボヤきつつも、大人しく撫でられてしまう。そんな要を見た雫は、少し離れて正座して。そのまま深々と座礼を行い。
「要兄。ふつつか者だけど、よろしくね?」
嫁入りのようなセリフを言い放った。
第一話・完
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