3-3 再会と膨らむ頬と過去の明言

 家庭教師の顔合わせ。すなわち面談ということで、春野はるのから郊外の高級料理店に呼び出されたかなめ。そこで出会ったのは。


「あーーーっ! お前は!?」

「大島要!」

山本輝やまもとてる!?」


 予想外の場所に、予想外の幼馴染。白のブラウスとロングスカートこそは見違えるような服装だ。しかし、根っからのアウトドア系だったが故の黒めの肌。見紛うはずもなく。要は立ったまま口をパクパクさせていた。


「ちょっと、要兄ようにい

「姉さん、立たせたままだと」


 状況を動かそうとする声が、同時に耳に入る。だが混乱からは抜け切れていなかった。要の知っている山本輝は、このような場所に出入りできる境遇ではなかったのだ。それが、どうして。


「そ、そうね。か、かけて下さい」


 対面から輝が声を掛けてくる。耳慣れない響き。その右隣には、学生服の。中学生と思しき青年が居た。さっきの声の主は、彼らしい……。


「っ!?」


 要は、僅かな痛みを得る。右手首。そっと見ればしずくが頬を膨らませてそっぽを向いていた。袖を引くついでに、つねられたようだ。なんでもないふりをして、座ることにした。ここで事態をややこしくしたくない。


「え、えと……」

「その、春野さんからの紹介で……」


 とはいえ、話は完全に進まなくなってしまった。要が動揺したように、輝も震えているし声が上ずっている。これでは必要事項すらままならない。


 パンパン。


 膠着した状況を割り込むのは、二拍の手拍子。黒の詰め襟、学生服を。極めて校則通りに着こなした中学生が、椅子から立っていた。


義姉ねえさん。一度代わりましょう。このままではお話が進みません」

「でも」

「構いませんよ。教わるのは僕ですから」


 今時珍しい坊主頭。鼻筋の通った顔。実直さをうかがわせる眼力と立ち姿。姉と呼んだ輝と入れ替わりに、青年は要の前に座った。


義姉あねが失礼しました。私も、貴方のことを存じ上げなかったのです。おっと。失礼しました。私、神楽坂大介かぐらざかだいすけといいます」


 青年が立ち、要に頭を下げる。折り目正しく身体を曲げた、整った一礼。


「こちらも、輝さんの近況を知らなかったものですから……。申し訳ない」

 

 要も同じように頭を下げた。雫の様子も、輝のことも。全て気になるが、ひとまず先に、済ませるべきことがある。



 三十分後。

 意外なことに、本題そのものはたやすく解決してしまった。神楽坂大介は機転が利くようで、こちらの問いに対し、次々と答えを提示してきた。おまけに義姉に配慮して、要を自身で雇うことにしたのである。


「イケメンというのは、ああいうのを言うのだろうな」


 主賓の二人が中座した隙に、要は背もたれに身を預けた。が、安心はできず。


「要兄。あの人、誰」


 隣を見れば、ごまかすでもなく頬を思い切り膨らませた、雫の顔がある。要は頭をかきつつ、言葉を選んだ。まさか、こんなことになろうとは。


 「彼女は山本輝。俺の昔の彼女ツレ。幼馴染。小中高と腐れ縁。だが、その後は今日まで。なにをしてるか知らなかった」


 スマートフォンを探り、輝の連絡先を出す。や行に入っていたその名前を、要は結局消さなかった。消さなかったが、通信履歴はまっさらである。それを雫に、見せる。


「……。嘘はついてなさそう」

「嘘をつく意味がない」

「全くだ」


 割って入る、三人目の声。要はそちらを見る。雫もそうしていた。そこには、輝と大介が居た。


「先程は失礼した。大介とも話したが、まずは一度、整理したい」


 赤みがかったショートカット。浅黒い肌。男口調。要の知る、輝の姿だった。耳慣れた、話し方であった。


「後々ゴタゴタするのも嫌だし、先に明言しておこう。私と要は、かつて一週間程。交際していた」


 開幕放たれた輝の言葉に、要はしっかりとうなずいた。

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